新型コロナ禍、アジアに広がる「仮想病院」


【バンコク=岸本まりみ、シンガポール=中野貴司】新型コロナウイルスの流行を機に、アジアの病院でネット上で医師が診察するオンライン診療が急速に広がっている。タイでは診療から薬の配送までを一括したサービスを提供。インドでは約300施設で人工知能(AI)が症状を簡易診断する仕組みを採用する。国をまたいで医療相談に応じるサービスも登場しており、今後は医療のあり方が大きく変わっていきそうだ。「こんにちは、きょうはどうされましたか」。世界有数の病院チェーン、バンコク・ドゥシット・メディカル・サービシズ(BDMS)傘下のサミティベート病院(バンコク)。5月末、男性医師はモニター画面に映る患者に症状を尋ねていた。同病院のオンライン診療サービス「バーチャル・ホスピタル」では、患者がスマートフォンのビデオ通話で看護師に症状を伝えた後、担当医師が細かく聞き取る。診察後はオンラインで診療報告書が出され、早ければ1時間半以内に自宅やオフィスに薬が届く。診察料は15分で500バーツ(約1700円)。小型の診察装置を使い、遠隔で心拍や呼吸音、喉の腫れ具合などの診断も可能だ。19年3月に始めたが、現在は380人の医師が24時間体制で相談に応じる。同病院は「新型コロナ前より利用が急増している。欧米にいるタイ人の相談を受けることも多い」と話す。インドの調査会社マーケッツ・アンド・マーケッツによると、世界のオンライン診療市場は2020年に254億ドル(約2兆7668億円)になる見通し。今後は年平均で17%成長し、25年に556億ドル規模に拡大すると予測する。なかでも、最も成長するとみられるのがアジア太平洋地域だ。人口当たりの医師数が少ない国が多く、地域間で医療格差が生まれやすい。経済成長のひずみで慢性疾患の患者が増えるほか、法規制も未整備で参入障壁が低いことも要因だ。そこで、各国でもオンライン診療を採用する病院が相次いでいる。世界で77病院を運営するマレーシアのIHHヘルスケアも5月、同国やシンガポールなど8カ国・地域でオンライン診療を導入した。オンライン診療のスタートアップにも出資し、ノウハウを取り込む。ケルビン・ロー社長兼最高経営責任者(CEO)は「患者はより早く簡単にアクセスでき、安価な医療サービスを求めている」。またインドではスタートアップのエムファインがAIを使った診療システムを開発した。利用者が専用サイトで「おなかが痛い」「熱がある」といった数十の項目から自分の症状を入力。AIは専門医を選定し、医師が最終的な病気を判断する。都市封鎖を受け、相談数は1日1万件と、3月上旬の4倍に膨らんだ。システムを利用する病院はコロナ前の約250カ所から新たに50カ所が加わった。プラサド・コンパリCEOは「当社のネットワークへの参加希望は非常に増えている」とし、今夏には提携先が1千に達するという。国をまたいだサービスも登場した。BDMSは中国オンライン医療大手の平安グッドドクターと組んだ医療相談を19年末に始めた。利用者は中国にいながら、タイの医師に助言を求めることができる。今後は島しょ部の多いインドネシアでの展開も検討している。ただ越境での医療サービスについて、GVA法律事務所タイオフィスの藤江大輔弁護士は「サービスを他国に提供する場合、医師と患者、どちらの国の法律を適用するかなど明確な法律や統一見解がない」と指摘する。BDMSは「今回の取り組みは(両国の)規制を順守して行っている」としている。

関連記事

ページ上部へ戻る