推定50歳、神戸税関で働く記憶喪失の神戸さん 「過去より未来」笑顔で生きる


「神戸税関に記憶喪失の人が働いている」という情報が関西の地方紙や放送局でつくる「まいどなニュース」の「どなどな探検隊」に寄せられた。神戸税関六甲アイランド出張所(神戸市)に勤める男性は神戸(かんべ)良明さん(50)。約20年前に名付けられ、年齢も推定。今も記憶は戻っていないが「親や家族と名乗る人が出てきても思い出せへんやろうし、そもそも親もおらへんのちゃうかと思ってます」と笑う。壮絶な過去にとらわれず、とにかく前向きだ。■鉄道警察が保護 最も古い記憶は1997年11月末の夜、神戸市のJR元町駅の高架下で「寝転んでいた」というものだ。近くにいた「おっちゃん」と話をしたが、記憶がごっそりと抜け落ちていた。 翌朝、鉄道警察に保護を求めた。指紋を調べてもデータベースに一致するものはない。今となっては「前科がなかったみたいでよかった」と笑うが、病院に運ばれた後も記憶は戻らなかった。 家族や知人も見つからず、退院後は市内の救護施設に身を寄せた。その後、主治医やケースワーカーの助言もあって「就籍」手続きを行った。 自らを戸籍に記載するこの手続き。姓を神戸とし、11月27日を誕生日とした。「再び記憶をなくした時」に備えて保護された場所と日付を戸籍に残すという理由だった。年齢は主治医が見た目で推定した。 保護当時から脳性まひの影響で左半身の動きが鈍い。生まれつきなのか、保護の直前にあったかもしれない“何か”の影響なのか、謎のままだ。 保護の3年後に市営住宅で1人暮らしをスタート。医師からは「全生活史健忘症」と診断された。ほとんどは短い期間で記憶が戻るが、神戸さんは「耐えがたいストレスで、全ての記憶を思い出せない状態」(前述の医師)が続いているとみられる。 過去が気にならなかったわけではないが、ある出来事が神戸さんの心境を「過去よりも未来」に向けるきっかけとなった。 施設に通所していた頃、同じく記憶を失って保護された男性がいた。男性は地元紙に写真が掲載され、親戚と名乗る人が現れた。ところが再会しても記憶が戻らず、男性は「俺じゃないんじゃないか」と漏らした。その姿を見て「過去のことが明らかになるのは大丈夫だけど、自分から積極的に知ろうとは思わない」という心境に至った。■税関職員に合格 身体障害者手帳を手にした神戸さんは、神戸市の障害者就労移行支援事業所の門をたたいた。未就労の状態が続いており、パソコン事務などの職業訓練やカウンセリングを受けて就職先を探すためだ。障害者職業能力開発校にも通った。 15年ほど前に半年ほど靴工場で働いたが、肺炎を患い辞めた。その後は職を探しても、履歴書に学歴も職歴も書けなかった。つらかった時期を振り返り「履歴書を見て驚かれるんです」と言葉を詰まらせた。 一昨年の秋、神戸税関から事業所に採用試験の知らせが届き、受験した。税関側は「前向きな性格や社交性が伝わってきた」と高評価。晴れて合格通知を受け取った神戸さんは、昨年1月から「故郷」の神戸で税関職員として働いている。(まいどなニュース提供)                 ◇ 皆さんの情報提供に基づいて取材、記事にする「読者とともに 特別報道室」は同様の調査報道に取り組む全国の地方紙とパートナー協定を結んでいます。各紙の記事を随時掲載します。

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