コロナ感染恐れ訪問診療も延期続々 高齢世代「歯科受診控え」ご用心


 飛沫(ひまつ)などを介して感染する新型コロナウイルスの影響を受け、口を大きく開ける歯科で「感染しやすそう」と受診控えが続いている。特に、高齢世代で治療をためらう患者が目立つが、入れ歯の不具合や歯周病を放置すると、全身の健康状態も悪化する恐れが大きい。そもそも歯科診療では感染対策を徹底してきており、専門家は「不調がある場合は迷わず受診してほしい」と呼び掛けている。

 北九州市小倉南区の歯科医、久保哲郎さん(72)の診療所の患者が減り始めたのは3月だった。市内で初めての新型コロナ感染者が確認されていた。「当分行くな、と子どもたちに止められて」「極力外に出ないようにしている。落ち着いたらまた行く」…。多くは高齢者で、入居施設への訪問診療も延期になった。

 患者がゼロの日もあり、3月の収入は前年の半分に落ち込んだ。4月以降は前年の6~7割と若干持ち直したものの、それ以上改善する兆しはない。やむなく国の持続化給付金を申請した。

 父親が戦後すぐに開業した診療所で、患者の7割は高齢者だ。「口の不調は万病のもと」と歯周病の治療や入れ歯の調整、のみ込みや発語を助ける口腔(こうくう)マッサージに力を入れてきた。

 患者の飛沫や血液に触れるため、新型コロナの流行前からマスク、ゴーグル、手袋、器具の滅菌などの感染防護策を徹底してきた。この春からはフェースガード、患者の検温や手指消毒も加わった。「二重三重の対策をしているのに、理解されないのはつらいですよ」と久保さんは話す。

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 国民健康保険中央会によると、全国の歯科医療機関に支払われた後期高齢者(75歳以上)に関わる診療報酬は、4月分が前年比17%減、5月分が22%減。医科(入院・入院外)の6~12%減に比べ、減少幅が大きかった。

 全国的に感染が一時落ち着いた6月分の歯科は、全国分は1%減まで回復した。ただ、同じ頃、北九州市でクラスター(感染者集団)発生が相次ぐなどしたため「福岡県では受診控えが続いた」と、歯科開業医ら約2千人が加入する県歯科保険医協会は見る。

 協会が会員を対象に複数回行ったアンケートでは、3割が4月の収入が前年より30~50%減少したと回答。5月に訪問診療した歯科医のうち患者数が前年の半数以下になったとした人は、3割を超えた。これまでのところ歯科診療の場でのコロナ感染は報告されておらず、「歯科は感染率が高いという間違った情報を正してほしい」などの要望が目立った。

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 コロナ感染対策で人の出入りを制限するため、歯科の訪問診療を見合わせた高齢者施設では、影響がじわじわと表れている。

 福岡県赤村で軽費老人ホームを運営する永原澄弘さん(63)によると、4月下旬から診療をストップしたところ、5月に「歯が痛い」と訴える入居者が続出。歯茎が萎縮し、入れ歯との間に食べ物が挟まって食が進まなくなった人もおり、その都度、診察に行くことになった。

 北九州市小倉南区でグループホームなどを運営する黒木みよ子さん(70)も、スタッフから「歯が痛くて限界みたい」と報告を受けた入居者数人について、8月から訪問診療を再開してもらったという。「終末期の方もいるので内科医の訪問診療だけ続けていた。歯科は一時的にやめても大丈夫かなと思ったけど、おろそかにできないですね」

 九州歯科大の柿木保明教授(老年障害者歯科学)によると、高齢者はさまざまな薬の副作用で口が渇きがちだ。のみ込む力が衰え、口内細菌が増えて、誤嚥(ごえん)性肺炎を起こしやすい。歯茎のむくみで頻繁に入れ歯が合わなくなる人もいる。

 歯科でそうした兆候を早く見つけて改善すれば、栄養状態が良くなるだけでなく、長く口から食べることができ、生きる意欲にもつながるという。柿木教授は「高齢であればあるほど口周りの問題を放置してはいけない。少しでも痛みを感じたら、手遅れにならないうちに受診してほしい」と話している。(編集委員・下崎千加)

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