【一聞百見】病院か家か 人生最後の選択に向き合う 在宅医師・尾崎容子さん


新型コロナウイルスの感染で亡くなった人は、国内では900人を超えている。その死に際しては、コメディアン、志村けんさんや女優、岡江久美子さんらのように感染拡大防止のため家族の看取りが行われず、孤独な死は国民に衝撃をもたらした。日本は今後、高齢化が進み多死社会を迎えるといわれるなかで、人生の最後のすごし方は本人にとっても家族にとっても大きな課題だ。そのときを私たちは、そして家族はどう備えればよいのか。京都市の在宅医師、尾崎(岡山)容子さん(49)に聞いた。(聞き手・北村理 編集委員)■看取りができなかった家族--新型コロナで亡くなると、家族は十分な看取りができないといわれます。接触による感染拡大の心配があるということですが尾崎 新型コロナの特徴は、比較的軽い症状が長く続き、急激に悪化して亡くなるケースがあるということです。そのうえ、亡くなったあとも満足にお別れができないということになると、ご家族は非常におつらいと思います。--厚生労働省の指針では、感染防止処置がされていれば直接触れてお別れができるとしていますが、実際は難しいようです尾崎 そうだとすると、家族にとっては、自然災害や事故、事件のように予期せぬお別れと同様ではないかと考えられます。私は、在宅医療で看取りを行う場合、ご家族に「お別れをきちんとしてほしい」と必ずお伝えします。それは、予期せぬ場合やお別れが十分できていない場合、残された家族に乗り越えがたい悲しみをもたらすからです。--そうした悲しみにはどう向き合えばいいのでしょうか尾崎 残された方の悲しみを癒やすケアを「グリーフケア」といいます。当事者の方々の悲しい、つらい気持ちに、ただただ耳を傾けます。引き裂かれる悲しみは想像を超えるつらさであり、耐えがたいものです。残された方々は「悲しみは乗り越えられない」といいます。--悲しみは乗り越えるものではないと尾崎 残された家族は「悲しみとともに生きている」といいます。悲しみを味わい尽くす作業の末に、悲しみと一つになって、時には亡くした家族と心の中で語り合いながら、悲しみを背負う以前の自分とは違う人生を生きていくのです。これは、グリーフケアを学ぶ前には想像がつきませんでしたが、残された方々は輝かしいほどの生を生きておられます。ただ、そこに至るまでは大変長い時間を要しますし、それは支えとなる聴き手が必要な過程です。--平成7年の阪神大震災以降、心のケアへの関心が高まりました。近年は自然災害の被災者、事件事故の被害者の家族にケアが行われます尾崎 新型コロナについても、今は感染防止にのみ意識が奪われていますが、状況が落ち着いたら、できるだけすみやかに家族を亡くされた方々へのグリーフケアの機会を設けるべきだと思います。■延命でなく、その人らしさ大事に--看取りでは、お別れをきちんとすることが大切だと伺いましたが、多くの人が亡くなっている病院では日常でもそのような看取りはなかなか難しいですね尾崎 日本ではかつては自宅で家族に看取られていましたが、戦後、病院での治療機会が大幅に増え、現在では7割以上が病院で亡くなっています。しかし、病院は「医療行為によって病気を治す」ところですから、人がその人らしく穏やかに最期を迎えるには難しいことが多々あります。一方、在宅医療における看取りは、生活の中で、病人としてではなく家族の一員として時間を過ごしながらになるので、その人らしさが保たれます。--在宅医療は病院での医療とどう違いますか尾崎 在宅医療を受けるということは「病院へ通えない」ということです。在宅医療は歩行困難、認知症など、体の機能が衰えてくる方への医療です。こうした患者さんは自然のなりゆきとして弱り体の機能が低下していくものです。ですから、残された体の機能をどう生かすのか、残された時間をどうその人らしく過ごすのかが目標となります。--具体的には尾崎 病院では、食事の時間を短くするために食事の介助が行われます。自宅や施設では、時間がかかっても、できることは患者さん自身にしてもらいます。また病院では、治療を進めるために、患者さんをベッドに拘束したりすることはありますが、自宅や施設ではそのようなことは行われません。病院は「病気を治す医療」であり、自宅や施設などでの在宅医療は「患者さんの生活を支える医療」といえます。--そうした在宅医療を実現するには医師だけでは難しいですね尾崎 患者さんの生活をまるごとみるわけですから、医師だけでは当然無理です。訪問看護、薬剤師、訪問歯科、リハビリのための療法士、管理栄養士、ケアマネジャーや介護士など。そして、音楽療法士やフラワーセラピスト、アニマルセラピストなど、在宅医療にかかわる職種は非常に多岐にわたります。こうした多職種のスタッフがお互いの技術や経験を生かして協力し、「どうしたら患者さんがその人らしく最後まで過ごせるのだろうか」と、日々工夫しながら患者さんや家族と接するわけです。(次ページは)人生最後の選択に意思尊重を…

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