糖尿病はもうつらくない 「自動治療」で乗り越える時代


「痛い」「つらい」というイメージが強い糖尿病治療が変わろうとしている。ウエアラブル型の機器が、指先から採血したりインスリンを注射したりする手間や痛みから解放する。人工知能(AI)がインスリン投与量を自動調整する機器も近く登場する。人類が生きるために糖を摂取しなくてはならないが故に直面してきた糖尿病。インスリン発見から100年を経て、デジタル技術を使った「自動治療」の時代を迎えた。「血糖値の変動だけでなく、患者の生活の様子や心理状態までも伝わってくる」。東京慈恵会医科大学の西村理明主任教授(糖尿病・代謝・内分泌内科)は患者の日々の血糖値の推移をパソコン画面で確認しながら診療にあたる。画面には患者が上腕などに貼り付けたセンサーが計測し、クラウドに保存された血糖値の推移がグラフで表示されている。このデータをもとに患者と会話することで「患者が自ら生活上の改善点を見つけ、血糖値の変動を抑えられるようになった」(西村医師)という。糖尿病の治療がデジタル技術で大きく様変わりし始めた。毎日のインスリン注射が必要な1型糖尿病や重い2型糖尿病の治療で、パッチ(貼り付け)式の血糖センサーやインスリンポンプなどのウエアラブル機器を使って、人が介在せずに血糖を管理できるようになってきた。1型糖尿病は体に糖を取り込むインスリンを作る膵臓(すいぞう)の細胞が破壊されることで発症する。小児期の発症が多く、患者数は国内に10万~14万人とされる。世界に5億人以上いる糖尿病患者の5~10%を占めると推定される。生活習慣などで発症し、食事療法やさまざまな飲み薬がある2型糖尿病にはない治療の難しさがある。患者は1日3~4回程度、指先から採血して血糖値を測ったり、インスリンを腕などに注射したりする。治療とはいえ、患者にとっては非常に手間で活動を制限する。ここ3~4年で国内外のメーカーが相次ぎ発売したウエアラブル機器が、治療スタイルを様変わりさせている。血糖値やインスリン投与量の細かい管理が可能となり、採血やインスリン注射の頻度を大幅に減らせるようになった。大阪市立大学の川村智行医師(小児科・新生児科講師)は「1型糖尿病は、医療の中で技術進化の最先端を走っている領域の一つだ」と話す。パッチ式の血糖センサーは500円玉ほどの大きさ。上腕や腹部に貼り付けるとパッチについた細い短い針が皮膚に刺さり、体液中のグルコース濃度を数分おきに測る。スマートフォンアプリと連動し、血糖値に換算されたデータが自動で保存される。痛みはなく、入浴時や就寝時も外さなくていい。血糖値の変化を持続的に測るこの仕組みは世界的に糖尿病治療の潮流だ。医師もクラウドを介して遠隔地からデータを確認できるようになった。1型糖尿病では従来、腎不全などの合併症を避けるため血糖値を下げることに軸足が置かれてきた。ところが近年、血糖値が下がりすぎることによる意識障害や突然死が問題視されるようになった。順天堂大学医学部の綿田裕孝教授は「睡眠中など自覚のない低血糖状態を把握するうえで、血糖値の変化を点ではなく線で捉える仕組みが注目されるようになった」と話す。一方、頻回な注射を不要にしたのがインスリンポンプだ。ズボンのベルト部などに固定するポンプと腹部に貼り付ける注入部がチューブでつながれている。医師の指導でインスリンの注入量を設定すると、インスリンがごく少量ずつ持続的に投与される仕組みだ。2014年から血糖センサーとインスリンポンプを連動させるSAP(サップ)と呼ぶ治療にも公的保険が適用された。血糖値が下がりすぎる前にインスリンの注入が自動で止まるものもある。「スポーツができるなど患者の生活の質も高まった」(大阪市立大学の川村医師)。本物の膵臓の機能に近づけた機器も登場する。SAPの進化版として、その時々の血糖値に応じてAIがインスリン投与量を自動調整するため、人工膵臓とも呼ばれる。医療機器メーカーのメドトロニック(アイルランド)が月内に日本で発売する見通しだ。川村医師は「クルマでいう自動運転の時代が糖尿病の治療にも訪れる」と期待を寄せる。生活習慣が主な要因となる2型糖尿病の治療にもデジタル技術は生きる。スマートフォンの画面越しにAIがチャット形式で助言を与え、生活習慣の改善を促す「治療用アプリ」の開発が進んでいる。米国ではすでに実用化された。有史以来、飢餓を克服し安定して食料を得られる社会を作り上げた人類にとって、糖との付き合いはこれからも避けられない。その対処法の歴史にデジタル技術が新たなページを加えそうだ。(大下淳一)

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