若い世代に「正しい性知識」を 研修医が学習アプリを1人で開発


「マスターベーションをしすぎると頭が悪くなる」「若い時からピルを使うと不妊になる」――。ちまたには、性に関するこんな「間違った」情報があふれている。若者に正しい性の知識を伝えようと、船橋二和病院(千葉県船橋市)に勤務する研修医、新真大(あたらし・まさひろ)さん(27)はこのほど、ネット上の信頼できる情報に簡単にアクセスできる無料アプリを開発した。新さんは「正しい性の知識を持つことは、自分や相手の体を大事にすることにつながる。望まない妊娠や児童虐待を少しでも減らすことに貢献したい」と話している。【野村房代/統合デジタル取材センター】新さんが開発したアプリの名は「Sex & Life」。「さまざまなコンテンツを選びまとめる」といった意味がある「キュレーションアプリ」と呼ばれているものだ。このアプリでは「避妊のこと」「セックスのこと」「ライフプランニング」など七つのテーマに分け、ネットの記事を集めて掲載している。例えば「避妊のこと」を開いてみると、「安全日はどのくらい安全?」「ピルとコンドームどっちの方が大事?」といった記事を読むことができる。正しい記事を届けるため、知人の産婦人科医や助産師の監修を受けた。さらには性的少数者に関する記事、ドメスティックバイオレンス(DV)や性犯罪、リベンジポルノについての相談窓口も紹介するなど、あらゆるケースを想定した細かな情報も提供している。2018年11月にiOS版を、20年6月にはアンドロイド版をリリースした。無料公開とした理由について、新さんは「お金がない学生でもインストールできるように、と思いました。1人で製作していて人件費はかかっていないので問題ありません」と話す。これまでの利用者は約1000人で、「知りたいと思っていた情報が詳しく載っていて勉強になった」といった反応が寄せられたという。新さんが性についてのリテラシー向上に関心を持ったきっかけは、ある母親がマンションの一室に3歳と1歳の子どもたちを置き去りにし、2人とも餓死した虐待事件だった。新さんがまだ高校生だった10年に大阪市で起きた事件で、メディアで大きく取り上げられ、衝撃を受けたという。「もうこんなことは起きちゃいけない。そのために何ができるのか」。報道に接するたびに心が痛み、児童虐待についてあれこれ調べるようになった。当時から虐待の社会的背景として、貧困やDVなどの存在が指摘されていたが、若年女性の望まない妊娠も大きな要因ではないかと考えるようになった。そこで妊娠前後の女性たちに関わりたいと、産婦人科医を目指して医学部に進学した。また、医学生や研修医として多くの妊婦と関わる中で、日本の性教育の問題点にも直面するようになった。例えば文部科学省の学習指導要領では、中学まで「性交」という言葉は使わず、高校でも避妊方法や人工妊娠中絶について具体的には触れていない。学校では子どもたちが欲しい情報を教えてもらえないので、多くが自然とインターネットに手を伸ばしがちだ。だが実際はネット上には誤った情報が氾濫している。また、11年以降、若年女性の間で性感染症が急増しているという現状もある。「グーグル検索で信頼できる情報と出合うことは難しい」と考えた結果、行き着いたのが正しい情報を提供するアプリの製作だった。医師免許を取得後、通常ならばそのまま研修に入るところだが、アプリ開発のために1年「遠回り」し、オンライン学習でプログラミングを習得した。アプリの設計からデザインまでを1人で手がけ、研修医として働き始めてからも早朝や深夜の空き時間を利用して製作に励んだ。新さんは「アプリの主な対象は高校生と大学生ですが、相談を受ける側のリテラシーを高めるのも目的の一つ。家族に相談できなくても、同世代の友達になら相談できるかもしれないからです。保健教育に関わる学校の先生にも『こんなアプリがあるから参考にしてみて』と子どもたちに伝えてもらえたら」と期待している。

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