ウエアラブルで高齢者ケア 病気の予防・診断に威力


国連によると、世界の人口に占める65歳以上の割合は現在の約9%から2050年には16%に増える見通しだ。高齢者の増加に伴い、高齢者のケアと健康への注目度はさらに高まっている。CBインサイツのデータによると、19年末以降、ニュースでのこうした話題への言及回数は急増している。新型コロナウイルスの感染拡大で世界の人が外出自粛やソーシャルディスタンス(社会的距離)に取り組むなか、高齢者が住み慣れた場所で自立して暮らす「エイジング・イン・プレイス(地域居住)」をテクノロジーの力でどのように支えることができるか、一段と関心が高まっている。実際、高齢者向け在宅介護サービスを提供するシンガポールのスタートアップ企業、ホーメージ(Homage)では最近、新型コロナの感染を避けるため、直接訪問に代わってオンライン相談を希望する人が増えているという。そこで改めて注目を集めているのがウエアラブル機器だ。フィットネスにとどまらず、生命保険や感染症ケアなどの分野にも活用が広がっている。最近はウエアラブル機器メーカーの中にも、こうしたスマート機器を使って中高年や高齢者の日常生活をいかに支援できるかに目を向けるところが増えている。今回のリポートでは、ウエアラブル機器の活用で高齢者ケアの在り方が大きく変わる2つの領域を取り上げる。■可動性(モビリティー)米グーグルが昨年買収した米フィットビットなどのウエアラブル端末は「フィットネストラッキング(運動履歴管理)」の代名詞となっている。中高年を対象にしたウエアラブル端末は今やさらに進化し、健康や可動性の問題を発生前に予測するのに役立つ、より具体的な健康指標を追跡するようになっている。米アップルはこのほど、「可動性指標(モビリティーメトリクス)」機能を備えた新アップルウオッチを発表した。この機能は中高年が自分の健康状態とその変遷を把握するのに特に役立つ。収集データを活用して最大酸素摂取量(VO2MAX)や足どり、歩行速度を推測する。利用者や担当医はこのデータに基づき、病気やケガの回復に伴う健康状態の変化を測定する。数値が突然変動した場合には肺疾患や貧血などのトラブルを診断できる可能性もある。アップルは米医療機器大手ジンマー・バイオメットと提携している。ジンマーは整形外科医が患者の長期的な進歩を観察できるアプリ「マイモビリティー」の開発に取り組んでいる。医師はアップルウオッチとアプリを活用することで、膝や人工股関節の置換など大手術後の患者の歩行能力を評価し、院外での患者の健康状態をモニタリングして治療やフォローアップケア(経過観察)の内容を調整できる。同様に、オーストラリアのスタートアップ、ループプラス(Loop+)は車いすの利用者をモニタリングするセンサーマットとデジタルプラットフォーム(基盤)の開発に取り組んでいる。同社はこれを「お尻用フィットビット」と呼んでいる。ループプラスによると、車いす利用者の25%が毎年、床ずれ(褥瘡=じょくそう)を患っている。褥瘡は、障害やまひで下半身の感覚が失われ、車いすの座面などとの接触が増えることでできる。こうした傷を軽減するため、この機器は活動や動きを追跡して合併症を予防し、全般的な幸福度を高める。医師や介護者が健康問題を追跡し、未然に予防できるようにもする。ループプラスは20年1月、シードラウンド(初期段階の増資)で200万ドルを調達した。出資の申し込みは目標を上回り、米ヤマハモーターベンチャーズ&ラボラトリー・シリコンバレーなどの投資家から出資を受けた。ループプラスのシステムは試験段階にあり、年内に消費者向けに発売する予定だ。ループプラスはあらゆる年齢の車いす利用者を対象としているが、世界中の高齢者は自らの可動性の問題や健康状態、障害のために、車いすを必要としたり、利用したりすることがよくある。同社によると、この製品は既にオーストラリアの医師の間でキャンセル待ちの状態という。また、このテクノロジーをベッドやクルマなど他の環境での高齢者ケアや健康状態のモニタリングなどにも活用する構想を描いている。■消化などスタートアップ各社は飲み込み(嚥下=えんげ)障害から失禁に至るまで、消化器系のプロセスや懸念事項を対象にしたウエアラブル機器を手掛けている。一例は日本のスタートアップ、プライムス(PLIMES、茨城県つくば市)が開発したスマート嚥下計「GOKURI(ごくり)」だ。首の周りに装着し、嚥下能力を測ることで、ある食べ物の状態にその人が安全かつ快適に対応できるかどうかを判断する。食べ物を正しく飲み込めない嚥下障害になると、食べ物が気管を通って食道ではなく肺に入り、細菌が発生して肺炎などの問題が生じる恐れがある。GOKURIは97%の精度で飲み込む力を測定できるとしており、嚥下障害のある成人がどの食べ物なら安全に飲み込めるかを測定することで、すりつぶしたもの以外にも食べ物の選択肢を広げる。そうすれば利用者は食事の際の不安が解消し、様々な食べ物を楽しむことができる。GOKURIを試したある介護施設は、誤嚥性肺炎で入院するリスクが以前よりも低下したと報告している。別の日本のスタートアップ、トリプル・ダブリュー・ジャパン(Triple W、東京・港)は尿がぼうこうにたまるとトイレに行くよう通知するウエアラブル端末「DFree(ディーフリー)」を手掛けている。超音波技術を使ってぼうこうの尿のたまり具合をモニタリングし、一定レベルに達したらスマートフォンに通知して利用者にさりげなく知らせる。この端末は体を傷つけることなく、医療用テープを使って肌に直接装着できる。失禁のトラブルを抱える大人にとって、トイレに行くタイミングの手がかりを得られれば安心できて気が楽になり、アクシデントを予防でき、日常活動を再開できる。介護者の監督下で装着している人は適切なタイミングでトイレに付き添ってもらえ、大人用おむつへの依存を減らせる。トリプル・ダブリューは米退役軍人省や米コンチネンス協会(排せつ障害の団体)、米多発性硬化症協会などと提携している。米国でも使用を認められており、1回の充電で24時間使用できる。最後に、米ケアプレディクト(CarePredict)は人工知能(AI)を活用したスマートウエアラブル端末「Tempo Series 3(テンポシリーズ3)」を開発した。高齢者の小さな異変を捉え、栄養失調や尿路感染、さらにはうつ病も検知しやすくする。この端末には利用者の日常パターンを追跡するセンサーが搭載されており、普段にはない兆候を検知すると介護者に通知する。SOSボタンや、家族に利用者の最新の健康状態を知らせるケア連携システムも備えている。個人向けと介護施設向けに販売している。ケアプレディクトはセンサー技術で6つの特許を取得しており、累積資金調達額は公表ベースで1800万ドルに上る。4月には介護施設での新型コロナの感染拡大を防ぐため、新たな追跡ツールを発売した。

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