プラスチック射出成形の一倉製作所(群馬県榛東村広馬場、一倉史人社長)は、世界初となるシリンジ(注射筒)一体型の樹脂製注射針の開発に挑んでいる。使用後に針とシリンジを分別する必要がなく、廃棄コストの低減や医療従事者の安全性向上が期待される。既に製造技術を確立し、医療器具としての承認審査を経て2025年までの製品化を目指す。◎金属針と比べ廃棄コスト低減 痛みの少ない注射針開発も 長さ5ミリの皮下注射用の針を備えた試作品を完成させた。糖尿病患者のインスリン注射にも使われる規格で、針の外径は0.4ミリ、内径が0.2ミリ。19年に特許を取得した。従来の金属針と同じようにシリンジに取り付けるタイプも開発を進めている。 ワクチン接種の機会が増える中、医療現場では作業性が高く、安全な注射針が求められている。金属製の針は廃棄する際にシリンジと分別する必要があり、看護師らが誤って自分に刺す事故が相次ぎ、ウイルス感染の危険性が指摘されている。 樹脂製であれば一般医療廃棄物として焼却処分が可能で、廃棄コストは金属製の5分の1に低減される。1回の射出成形で完成し、先端の研磨や土台への接着など多くの工程が必要な金属製の針と比べて製造コストも抑えられるという。 同社は09年度に研究に着手。県産業支援機構と群馬産業技術センター、日本原子力研究開発機構と共に事業体を組織し、群馬大医学部の教授らがアドバイザーに就いた。11~14年度には経済産業省の「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」に採択された。 技術的な基礎となったのは、02年に世界で初めて製品化した樹脂製マスカラブラシだった。金属にナイロンを巻き付けて作ることが多いブラシを樹脂に置き換え、先端の直径は0.16ミリを実現した。 ただ、内部を空洞にする必要のある針はさらに高度な技術が必要だった。空洞部分は金型の中にピンを設置して形作るが、樹脂を注入した際の圧力でピンが変形し、針に偏心が生じないよう樹脂を流し込む場所や速度を細かく調整。刺しやすさと折れにくさを両立するためさまざまな樹脂素材を試し、試作品の完成にこぎ着けた。 現在は、より痛みの少ない針を目指して改良を重ねている。注射時の痛みは針が皮膚の痛点に当たることで発生するが、この確率を下げようとさらに細い針の製作を進める。薬液が注入される際の圧力も痛みにつながることから、樹脂の加工性の高さを生かして先端近くの側面に複数の穴を開けた針も開発し、今年3月に特許を取得した。 一倉社長は「医療従事者や糖尿病患者の利便性を高めたい。金属を樹脂に置き換えるだけでなく、金属にはできない機能を針に持たせたい」と話している。