「崖っぷちの介護保険に踏み込んでくれた」訪問介護ヘルパーの国賠訴訟、敗訴も東京高裁が問題点に言及


訪問介護ヘルパーが低賃金で労働条件も劣悪なのは、厚生労働省が規制権限を適切に行使しなかったためだとして、3人の女性ヘルパーが国に損害賠償を求めた訴訟の控訴審で東京高裁(谷口園恵裁判長)は2日、「違法とは言えない」として請求を棄却した。一方で、谷口裁判長は「賃金水準の改善と人材の確保が長年の政策課題とされながら解決されていない」と介護保険の問題点を認めた。原告側は上告する方針。訴えていたのは、東京都品川区の藤原るかさん(68)ら非常勤のヘルパー3人。利用者宅への移動や待機時間、利用者の都合によるキャンセル時の一部賃金の支払いを受けておらず、こうした労働基準法違反の状態を国は知りながら是正しなかったと主張。事業所が移動時間なども含め十分な給与を支払える介護報酬でなく、介護保険制度にも問題があると訴え、未払い賃金など原告1人に300万円を支払うよう求めていた。判決は、労働基準監督署が原告の賃金未払いを監督指導する義務を怠ったとは言えないと指摘。ヘルパーの労働実態調査を国がしていない点も著しく合理性を欠くとは認められず、規制権限不行使の違法はないとした。2022年の東京地裁判決は「未払い賃金は事業所が是正すべきだ」などとして訴えを退けていた。「あきらめないでと励ましてくれる判決。訪問介護の問題点を認めてくれた」。敗訴したものの、東京高裁が低賃金や人材確保の課題に言及した点に、原告の伊藤みどりさん(71)は判決後に都内で開かれた集会で、そう笑顔をのぞかせた。藤原さんも「介護保険は崖っぷち。踏み込んできてくれた」と評価した。一連の裁判で3人のヘルパーは過酷な労働環境と、人手不足で危機に直面する訪問介護の現実を訴えた。争点の一つは、ヘルパーが利用者宅へ行く移動や待機時間などの給与だ。厚労省は労働基準法に基づき支払うよう事業所を指導しているが、原資となる介護報酬は上がらず、実態は無給とする事業所が多い。原告側の山本志都弁護士(57)は「国は労基法を守れるような報酬を設定する責任があるが、労働実態の調査もしていないのに、裁判で『何も違法はない』と言い続けた」と、国の無責任さを指摘する。東京商工リサーチによると、昨年、訪問介護事業者の倒産は急増し、過去最多を更新。小規模事業者の倒産や撤退が相次ぐ実態は、「労基法違反は事業所の努力では解消できない。介護保険制度の欠陥だ」との原告の主張を裏付けている。1月に厚労省の社会保障審議会で示された新年度からの介護報酬は、全体では1.59%のプラス改定だが、訪問介護の基本報酬はマイナスとなり、小規模事業所を中心に衝撃が走った。伊藤さんは「賃金は劣化し、細切れにされた訪問時間で満足な介護ができず、多数のヘルパーが『もう我慢できない』と辞めていく。緊急の電話にも出る人がいなくなっている」と嘆く。訪問介護は最期まで住み慣れた地元で暮らすための「地域包括ケア」の柱だが、人手不足で事業者がサービスを断る事例は今や、都市部でも珍しくない。介護保険に詳しい淑徳大の結城康博教授(54)は「現場にとってはいい判決だと思う。ヘルパーの労働実態の問題点を認め、社会的な意義があった。他の産業から若い人たちを呼び込むためには、もっと大幅な賃上げが必要だ」と話している。(五十住和樹)

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