2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授は19日、がん免疫薬に関する特許の対価を巡り、小野薬品工業に対し約226億円の分配金などの支払いを求める訴訟を大阪地裁に起こした。両者は共同で特許を取得していた。裁判の行方は、知的財産に関する大学と企業の契約の仕方や産学連携そのものにも影響を与える可能性がある。訴状などによると、支払いを求めるのは「オプジーボ」に似たがん免疫薬を販売する米製薬大手メルクが小野薬品に支払う特許使用料の一部だ。小野薬品がメルクとの特許侵害訴訟で和解した際に決まった特許の使用対価の支払い配分を争う。小野薬品は17年にメルクから受け取る額の1%を本庶氏に支払う旨を示していたとされる。本庶氏は「メルクから受け取る額の40%を支払う」との約束があると主張し、供託されている1%分を除く約226億円の支払いを求めている。本庶氏は1992年にオプジーボの開発のもととなった物質を発表した。オプジーボは世界での売上高が年8千億円程度に成長した。小野薬品は「訴状が届いていないためコメントすることができない」としている。オプジーボの成功例などをもたらした産学連携の重要性は今後、さらに増す。新薬開発の手法がこの10年で様変わりしたためだ。ゲノム(全遺伝情報)やたんぱく質の立体構造の解析、生体内の様々な反応の研究が進み理論に基づき効果を最大化できるようになった。本庶氏らが見いだしたような広く新薬の土台になりうる研究成果は「大化け」する可能性がある。今回の訴訟は相互不信の極度の高まりという事情もあるが、初期の契約を丁寧に結ばないと同様の問題は再び起きうる。成果は国境を越えて活用される。米欧の製薬大手では新薬開発の種を探す目利きが各国に散らばり、大学などで「宝」を見つけると契約のプロが交渉し、製品化の過程に載せる流れができている。有力大学も知財や契約の専門家をそろえる。日本の大学に優れた成果があれば、米欧企業も共同研究を始めようと接近してくる。日本企業の示す条件が悪ければ、成果は海外に出てしまう。大学や研究機関も、基礎段階から様々な応用を想定して契約を有利にする工夫が求められる。知財を扱う部門が契約内容を精査する仕組みは整ってきたものの、人材不足は否めない。政府は日本科学技術振興機構や日本医療研究開発機構を通じ、現場のニーズに合わせて積極支援すべきだ。政策研究大学院大学の隅蔵康一教授は「これまでの契約実績などのデータを蓄積・分析し、客観的な判断に生かす方法もある」と話す。例えば基礎的な研究論文と初期投資、企業との契約で受け取った対価、製品の売上高などをデータベース化する。人工知能(AI)も使い、データに基づき科学的に将来価値を予想できれば、契約の大きな助けになる。(編集委員 安藤淳)