生体に近いヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞モデルで、ブルガリア菌とサーモフィラス菌による腸管バリア機能強化を確認


株式会社 明治(代表取締役社長:松田 克也)および名古屋市立大学 大学院薬学研究科 臨床薬学分野の松永 民秀特任教授らの研究グループは、最新技術を活用した生体に近い小腸上皮細胞モデルである「ヒトiPS細胞由来二次元腸管オルガノイド(以下、hi-IOs)」を用いて生理作用評価系を確立し、また、本評価系において、明治保有の発酵乳スターター乳酸菌「Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus 2038株(以下、L. bulgaricus 2038株)、Streptococcus thermophilus 1131株(以下、S. thermophilus 1131株)」が腸管バリア機能※1を強化することを確認し、腸粘膜を保護することが示唆されました。
 本研究成果は2024年3月28日~31日に開催された日本薬学会第144年会にて発表しました。
 
【研究成果の概要】
①hi-IOsを使用し、より生体に近い小腸上皮細胞の生理作用評価系を確立しました。
②炎症性サイトカイン※2により細菌由来の毒素などの異物を模した物質(高分子物質)の腸管透過※3が促進されましたが、両菌株の添加により抑制されることを確認しました。
③炎症性サイトカインにより栄養素吸収や粘液産生の役割を果たす細胞のマーカー遺伝子の発現が低下しましたが、両菌株の添加により抑制されることを確認しました。また、粘液産生量が増加することが示唆されました。
④炎症性サイトカインにより炎症反応が促進されましたが、両菌株の添加により抑制されることが示唆されました。
図1. (A)ヒト小腸上皮細胞の構造、(B)本研究で明らかになった乳酸菌による作用の模式図
小腸はそれぞれ役割の異なる多種の細胞が存在することで恒常性を維持しています。また、効率的に水分や栄養素を吸収するための絨毛や、全ての小腸上皮細胞の供給源である幹細胞などが存在する陰窩(いんか)で構成されています (A)。本研究では、ヒトiPS細胞由来二次元腸管オルガノイド(hi-IOs)を使用した評価系において、炎症性サイトカインにより誘導された腸管バリアの破壊などがL. bulgaricus 2038株、S. thermophilus 1131株の作用により改善されることを確認しました (B)。
 
【研究成果の活用】
 腸管バリア機能が弱まると、異物が体内に流入して血流に乗って循環し、諸臓器で慢性炎症を引き起こすことで、全身のさまざまな疾患(糖尿病、動脈硬化、認知症など)に繋がることが報告されています。従って、腸管バリア機能を強めることは心身の健康維持に非常に重要です。
 本研究により、より生体に近い小腸上皮細胞の生理作用評価系を確立することができました。また、両菌株を摂取することで腸管バリア機能を強化し、腸粘膜を保護する可能性を見出しました。当社は本評価系を活用し、今後もお客さまの健康維持のために有益な基礎的研究に取り組み、知見を発信することで、多くの方々が健やかに暮らす未来の実現に貢献してまいります。
 
【研究の目的】 
 これまで小腸上皮細胞に対する健康機能を試験管で評価するときは、主に単一の細胞からなる細胞株、あるいは複数の細胞が存在していても絨毛・陰窩構造を有しない細胞モデルが使用されてきました。しかし、これらは栄養素の吸収や薬物の代謝能、また構造上の理由から生体の小腸との乖離が指摘されていました。そこで、松永特任教授らの研究グループはヒトiPS細胞から、小腸に存在する細胞種で構成され、かつ絨毛・陰窩構造を有するhi-IOsを開発しました。本研究ではhi-IOsを活用して初めて乳酸菌の機能を評価し、その利用可能性を検討しました。
 実験では、既に小腸上皮様細胞であるCaco-2細胞※4を用いたモデル系において、腸管バリア機能を強化することが確認されているL. bulgaricus 2038株およびS. thermophilus 1131株を使用しました。
 本研究において、両菌株による腸管バリア機能改善作用をhi-IOsで評価可能か検討するとともに、新たな健康価値の探索を実施しました。
※1 外来の病原細菌や有害物質が体内に流入しないように腸管組織を保護する機能
※2 炎症反応を促進する生理活性物質
※3 腸の管腔側から体内に入り込むこと
※4 ヒト結腸癌由来の細胞で、培養することで単層の小腸上皮様細胞となる
 
学会発表内容
【タイトル】
腸管バリア機能に対する乳酸菌共培養効果のin vitro評価系の構築
(Development of an in vitro evaluation system for the effect of a co-culture between lactic acid bacteria and human iPS cell-derived intestinal cells on intestinal barrier function.)
【方法】
・hi-IOsとL. bulgaricus 2038株を共培養し、L. bulgaricus 2038株の生存率を評価しました。
・炎症性サイトカイン(TNF-α+IFN-γ)により腸管バリア破壊を誘導し、L. bulgaricus 2038株およびS. thermophilus 1131株による抑制作用を高分子物質の透過を指標に評価しました。また、作用機序解明のため、タイトジャンクション(TJ)※5関連遺伝子の発現を測定しました。
・炎症性サイトカインによる各細胞比率への影響に対し、両菌株による作用を遺伝子発現レベルで評価しました。
・両菌株による腸管恒常性維持への寄与を評価するため、DNAマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析※6を実施しました。
 
【結果】
・hi-IOsとL. bulgaricus 2038株の共培養後、L. bulgaricus 2038株の生存が確認されました。
・両菌株は炎症性サイトカインによる高分子物質の透過促進を抑制し、TJ関連遺伝子の発現低下を抑制しました(図2)。
・両菌株は炎症性サイトカインによる吸収上皮細胞および杯細胞のマーカー遺伝子の発現低下を抑制しました(図3)。また、DNAマイクロアレイ解析の結果、O-グリコシル化※7が促進され、粘液産生量を増加することが示唆されました。
・ DNAマイクロアレイ解析の結果、両菌株は炎症性サイトカインによる炎症を抑制することが示唆されました。 
 

 
図2. 乳酸菌による物理的バリア改善作用      (A) 細胞を透過した高分子物質の比較    (B) タイトジャンクション関連遺伝子OCLNの発現量 2038株:Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus 2038 1131株:Streptococcus thermophilus 1131
図3. 乳酸菌による各細胞の存在比率の改善作用  (A) 吸収上皮細胞のマーカー遺伝子VIL1 (B) 杯細胞のマーカー遺伝子MUC2の発現量 吸収上皮細胞は栄養素吸収、杯細胞は粘液産生などの役割を果たす
【考察】
 以上の結果から、hi-IOsがより生体に近い小腸上皮細胞の生理作用評価系であることが確認できました。また、hi-IOsにおいても両菌株がTJ関連タンパク質の発現を制御することで腸管バリア機能を改善することが示唆されました。さらに、両菌株は炎症性サイトカインによる各細胞の存在比率の乱れ、粘液減少および炎症を抑制し、腸粘膜を保護することが示唆されました。
 
※5 細胞同士を密着させることで細胞間の物質の透過を制限するタンパク質のこと。タイトジャンクションの機能が低下することで異物が体内に流入しやすくなる
※6 一度に既知遺伝子の発現量を測定する技術であり、遺伝子発現変動の全体像を把握することができる
※7 粘液の生合成に不可欠なタンパク質への糖付加の一種
 

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