北九州市の特別支援学校では、児童・生徒の障害の程度に応じて5段階で調理方法を変える給食を長年取り入れている。誤嚥(ごえん)事故を防ぎ、しっかりと栄養も取ってもらうため、全国でも珍しい取り組みを主導したのは、元栄養教諭の牟田園満佐子さん(65)=同市戸畑区。退職後もコンテストで最優秀賞に選ばれるなど、障害がある子どもたちが笑顔で食べられるメニュー作りに力を注ぐ。
給食時間は「地獄」だった。1997年、学校栄養職員(現・栄養教諭)として初めて北九州市内の特別支援学校に赴任した牟田園さんは、子どもたちの様子に大きな衝撃を受けた。せき込んだり吐き出したり。壁に食べ物が飛び散り、激しくむせる声が響く。教員たちは自分が食べる時間もなく、介助に追われていた。
当時、一般の小中学校の給食をミキサーにかけたり、はさみで切ったりして提供していたが、重い障害のある子どもにとってはのみ込むことさえ一苦労。誤嚥で死に至る危険もあった。牟田園さんは「餌じゃなく食事を食べさせたい。この子たちが苦しまない方法を見つけたい」と決意した。
給食見直しを市に訴える傍ら、食事に関する講演に足を運び、のみ込みなどに困難がある人向けの「嚥下(えんげ)食」を知った。ミキサーなどで砕くだけでは喉の詰まりは解消されず、軟らかく喉を通りやすい食事にするには、食材選びや温度調整など科学的な食の知識が必要だった。
学校の調理室でプリンやゼリーを作り、研究を重ねた。うまくできると子どもたちは香りに反応して、目を細めて笑ってくれた。
2003年、保護者の要望もあって、摂食障害の程度に応じて作り分ける調理法を「段階食」として市が導入した。特別支援学校のランチルームからあの苦しむ音は消えた。
牟田園さんは17年に退職後、市内で障害者の通所施設などを営む「月翔(つきと)」が開設した「嚥下食工房 七日屋(なのかや)」(同市八幡東区)に所長として勤務。障害者施設2カ所に昼食を届けている。
1月にあった「嚥下食メニューコンテスト」では、最高賞の最優秀グランプリを受賞。「おいしい秋のごちそう」と題したメニューは、キノコやカボチャなど季節の食材と栄養価の高い牛乳や卵などを使って、プリンなど基本の嚥下食に仕上げた。
自身が考案してきた給食メニューを基にしており、「身近な食材で誰でも作ることができ、現場で生きる食」と評価された。見栄えにも配慮し、フランス料理店のシェフに盛り付けを教わったという。
嚥下食と出合って20年余り。モットーは「見て、香って、おいしい栄養満点の食事」という牟田園さん。日々厨房(ちゅうぼう)で研究を続けている。 (壇知里)