「脳波買取センターを作ります」。今夏、SNS(ネット交流サービス)をチェックしていたら、こんなイベントの案内が目に入った。記者は大学時代に脳科学を学んでいたこともあり、気になる文言だ。7月下旬、会場となった東京都千代田区のアートギャラリーに足を運んだ。スタッフに連れられ自動ドアの先に進むと、近未来を感じる真っ白な壁に囲まれた空間が広がっていた。周期的な機械音が響き、壁に掛かったモニターには無表情の2人の女性や不規則な波の映像などが延々と流れている。「とんでもない所に来てしまったのではないか」と少し怖くなった。奥の方では、「BWTC(脳波買取センター)」というロゴが入った水色のポロシャツを着たスタッフが白い手袋とマスクをつけて、パソコンの画面と向き合っている。壁には、濃淡のあるバーコードのような模様が描かれた「絵画」が、何枚も飾られていた。スタッフから「これが脳波から作られた世界で一つだけのアート作品になります」と告げられた。絵画を含め、このイベント自体がアートだという。さらに先の広い部屋には、縦長の自販機のような形をした白い箱が置かれていた。箱に付いた画面のタッチパネルを操作すると、取り出し口からリング状の機器が出てきた。これを頭に装着し、脳波を測るのだという。画面に映る100秒間のカウントダウンを見ながら、自分の脳波の波形をイメージした。脳波の計測が終わって数秒後、画面には濃淡のある模様だけが並んだ図柄が、画面に表示された。計測した脳波のデータを独自の手法で点に変換して描かれたものだという。自分の脳波がもとになっていることに、全く実感が湧かなかった。不思議な感覚に浸っていると、箱から10枚の100円硬貨が音を立てて出てきた。100秒間の脳波の対価で、1秒当たりだと10円だ。記者は、立っていただけでお金をもらうことに申し訳なく思った一方で、何か大切なものを失ってしまったような喪失感も味わった。これがアートとして、参加者に考えさせたかったことなのだろうか。イベントには1000人が参加し、買い取った脳波で描かれた絵画は今後、数千~1万円でインターネット上で販売される。このイベントを企画したのは、広告制作などを手がける「コネル」(東京都)だ。脳波が現時点でどういった価値を生み出すか定まっていない中、出村(でむら)光世代表は「脳波が日常社会に必要か不必要かで言ったら、まだ不必要だと思う。今は価値が曖昧な脳波の売買をあえてやることで、例えば『モラル的にはどこまで許されるのか』といった議論を生み出したかった」と語る。イベントを通して、参加者やアーティスト、科学者らから問い合わせが相次いだという。今は脳波の買い取りはしていない。科学技術の発展により、脳波を読み取る装置は小型で安価なタイプのものが市場にも出始めている。今後、その使われ方によって脳波は身近な存在になる可能性を秘めている。【松本光樹】