肢体が不自由な子どもが本当にリラックスして座れる姿勢とは-。大阪府のNPO法人代表理事、村上潤さん(58)が提唱する独自の姿勢保持技術が、親や支援者の注目を集めている。長年、障害児の椅子を制作する中で「体に痛みや負担がかかりにくいノウハウを検証し、積み重ねてきた実践論」という。福岡市であったセミナーをのぞいた。
「何歳なの?」「座るのうまいね」。参加者の一人、市内の吉田健人さん(8)を、あぐらをかいた膝の間に座らせ、村上さんが優しく声を掛ける。首の後ろや胸を支えて頭の位置が定まると、健人さんの肩の力がすっと抜けた。「頭が重いために体が不安定になり、力を入れてこらえる子どもが多い。大事なのは、とにかく首をまっすぐ立て、頭を安定させることです」
必死に全身を固定
村上さんは大阪で約30年前に工房を立ち上げ、オーダーメードの座位保持装置(椅子)やバギー(障害児用の車椅子)を年間約200台ずつ作ってきた。当初は一般に普及する腰、膝、足首の曲がりが90度になるタイプを作っていたものの「障害児は特に筋力が弱いため、腰や胸をベルトで固定しても長く座ると重力で頭が下がり、背骨が曲がり、お尻も前にずれてくる」ことが気になっていた。
椅子に備え付けのテーブルに肘をついたり、全身を突っ張ったり「何とか体を固定しようと8~9割の力を使うため、どうしても手を自由に使いづらくなる」。痛みやストレスが、結果的に体のゆがみや、なかなかリハビリの効果が上がらない「悪循環」にもつながりかねないと考えた。
体の形状や重さに従って型取りできるクッション状の採型機を取り入れ、「子どもが楽に過ごせる姿勢」について試行錯誤しながら体系化したのが、自ら「キャスパーアプローチ」と名付けた考え方だ。
お年寄りにも効果
頭を安定させるには胸郭の上部から首、頭に垂直の軸を作ることが必要。そのため背骨のカーブに沿って胸郭の下部から座骨部に当たるようクッションの形状をつくり、土台とする。背もたれやクッションに体を預けた際、最もリラックスする位置に調整していく。骨盤を立てるように座らせる従来の椅子と異なり、骨盤を倒したまま姿勢を安定させていくのが特徴だ。
約15年前から、キャスパー式の座位保持装置やバギーを、障害児だけでなく高齢者向けにも提案してきた村上さん。効果に着目した医師らの協力で、一部の新生児集中治療室(NICU)や高齢者医療の現場でも使われるようになった。
座ると体の反り返りがなくなったり、興味ある物に手を伸ばしたり、電動車椅子のスイッチを押したり…。この日は利用者の様子をスライドで紹介、健人さんを実際に採型機に乗せて調整する様子も実演した。「日常的にリラックスできる環境が整えばできることが増えるし、本人も楽しい。今も実践を積み重ねており、この理論が絶対というつもりはない。もっと子どもたちを楽にする方法はないかと常に意識し、模索する専門職がほかにも増えてほしい」と願う。
座位保持椅子は、採型してすべてオーダーなら約40万~50万円と高価だが、補装具として大部分は公費で負担される。健人さんの母、絵理さん(49)は「体が緊張しやすいので、力が抜けて手を思い通りに動かせればストレスも減ると思う。椅子を作り替える時期には選択肢として考えたい」と語った。
親たちの真の願い
福岡市でのセミナーは福岡大の看護学科で開かれた昨年に続いて2回目。今回は障害児の親でつくるNPO法人「福岡市笑顔の会」が主催し、訪問看護師や理学療法士らが参加した。
代表理事の渡辺めぐみさん(42)がキャスパーを知ったのは昨年、息子の真玄さん(4)が既存の座位保持椅子に合わず悩んでいたところ、県外の知人に紹介されたのがきっかけ。今年10月、大阪に出向き、座位保持椅子とバギーを作ってもらった。「1カ月で緊張とけいれんが減り、感謝しています。何より重い障害でリラックスできず苦しんでいる子どもたちのため、キャスパーについて理解を広げていきたいです」
障害者の生きづらさを解消しようと、さまざまな障壁をなくす努力が社会全体に求められている。椅子という道具一つのバリアフリーにこだわる職人の姿勢そのものも、親たちの心に響く一因だろう。 (編集委員・三宅大介)
▼キャスパーアプローチ 「頭」や「軸」などを意味する英語やラテン語の頭文字を組み合わせた造語。新しい姿勢保持技術としてNPO法人「ポップンクラブ」(大阪府河内長野市)が周知、普及を進めている。実践例をユーチューブで紹介しているほか、定期的にオンライン講習も開催中。ユーチューブ、ホームページは「popnclub」で検索。