できる限り普段通りに 試される臨床医の力量


梅雨入り前の青空が広がった5月下旬の昼下がり。出雲市立総合医療センター(島根県出雲市灘分町)の福原寛之医師(46)が、看護師らスタッフと共に市内の患者宅を訪ね歩いていた。センターが力を入れている週1回の訪問診療だ。「お変わりはないですか」。約1年前に重症肺炎にかかり、退院後も自宅のベッドでの生活が中心になっている高齢男性に向き合った。テレビは、新型コロナウイルスに関するニュース一色。だが畳敷きの居間には、変わらない穏やかな日常があった。「(家で診察してもらえると)安心でいいわね」。問診や血圧測定を受けた男性が縁側の外を見ながら、つぶやいた。■市内の平田、斐川地域の救急、回復期医療を主に担うセンターは昨年春、訪問看護を含む在宅診療体制を強化した。背景には、病院が立地する平田地域の開業医の高齢化がある。島根県が2017年に実施した調査によると、後継者不足などを理由に、25年時点で受け持つことができる在宅療養患者数が、17年の4分の1以下の50人程度に減るとの予測結果が出た。こうした事情を受け、センターから医師を出し、緊急時には入院を受け入れる態勢を整えた。消化器、肝臓内科を専門とし、総合診療科を担う福原医師が100歳超を含む10人の患者を受け持ち、1年余りにわたり、患者側から見ると月1回のペースで訪問診療を続けてきた。4月に医師を1人増員し、2人で20~30人を見られるよう、さらなる強化を図ろうとした矢先に、コロナウイルス対策が院内の喫緊の課題になった。福原医師は院内の感染防止対策の責任者として奔走。増員医師の応援を受けて従来分の診療をこなしたものの、増員がなければ訪問診療に影響が出てもおかしくない状況だった。■全国各地の訪問診療の現場では、訪問する医師や看護師の防護服不足など、医療サービスの提供が困難となる場面が出ている。ただ、福原医師は「感染状況はまちまちで、地域に合った対応策が必要だ」と指摘。病院全体の機能不全につながる院内感染の防止、訪問する医療従事者の手指消毒、患者との距離の取り方に配慮するのは当然として「無知であるが故に感染を過度に恐れることは、一般の人にはあっても医療人には許されない」と肝に銘じる。できる限りの普段通りの対応が患者の健康や日常を支え、守ることになる。診察に訪れた先の患者が発熱していても、行動をしっかり聞き取り、感染の可能性を検討する。医師の基本と言える問診や見立てが重要となり「臨床医の力量が試されている」と話す。

関連記事

ページ上部へ戻る