認知症の人は2025年に約700万人、65歳以上の5人に1人に上ると見込まれ、同時にがんを患う人も増えている。認知症に配慮した対応に取り組む病院がある一方、1月に公表された民間の調査結果では、がん診療で地域の中核となる病院の9割超が「認知症のがん患者への対応で困ったことがある」と回答しており、診療やケアのあり方が課題となっている。「薬が全然効かない。下痢にもなった」。外来診察室で、認知症の高齢がん患者が医師に不満を漏らした。前の週に「痛みがある」と訴えたため、頓服で即効性のある痛み止めを処方したものの、本人は普段処方されている効き目が緩やかな薬の方を服用し、下剤も併せて飲んでいたのだった――。国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長の小川朝生(あさお)医師は、こうしたケースを経験してきた。患者に認知症がある場合、薬の飲み方の変化に合わせることが難しいという。小川さんによると、高齢のがん患者の診療・ケアの課題は大きく三つあり、認知症も関係しているという。一つ目は、がん治療と併せて必要となるケア。受診時に認知症の症状が出ている患者もおり、副作用への適切な対応や栄養管理のほか、大腸がんの場合は手術の後に設置するストーマ(人工肛門)の管理などが適切にできるか把握し、支援する必要がある。二つ目は、身体機能などが低下する「フレイル」。どのくらいの治療なら体が耐えられるか見極めなければならない。がんに限らず、認知症の高齢者は合併症が多くなり、生命予後が短くなるという。最後は認知症などにより、治療方針の決定が難しい点。副作用が大きいがん治療はメリットとデメリットが拮抗(きっこう)することが多く、本人に理解してもらうことが大事だ。東病院は、患者や家族を支援する「サポーティブケアセンター」を設け、手術などの前に高齢患者の身体、精神面などの機能評価を実施し、在宅で必要な介護サービスなどと連携したり、治療に伴うリスクを把握したりしている。主治医の説明を理解しているかどうかも確認し、本人が治療方針を決められるよう支援している。入院中は、精神腫瘍医、看護師、心理士による「支持療法チーム」が、主治医や看護師をサポートする。例えば、患者が落ち着かない様子であっても、せん妄や幻覚が原因なのか、痛みがあるためなのかで対処も変わる。認知症では痛みを訴えにくいということもあり、患者の様子を看護師から詳しく聞き取って要因を把握する。ただ、多くの医療現場は対応に苦心している。公益財団法人「日本対がん協会」が、地域の中核となるがん診療連携拠点病院451施設を対象に23年4~6月に実施した調査では、回答した256施設のうち、250施設(97・7%)が「認知症のがん患者への対応で困ったことがある」と回答した。困りごとは「本人が治療の判断をできない」が93・2%で最多だった。「在宅での治療を支える家族がいない」76・7%▽「在宅で抗がん剤の副作用を周囲に伝えられない」63・9%▽「在宅で服薬管理の支援者がいない」63・5%▽「栄養バランスなど適切な食事管理ができない」63・1%▽「在宅でストーマケアの支援者がいない」62・2%――が続いた。一方、「入院前後に認知症のスクリーニングテストをしている」との回答は22・1%にとどまるなど対応の遅れもうかがえた。小川さんは「認知症の診断は、患者さんの意思決定や安全な治療のために大事で、スクリーニングが2割というのは少ないと感じる。まずは簡単な検査をして、問題がありそうならより詳しく調べる体制が求められる」と指摘している。【堀井恵里子】