認知症予防へ自分史作り 人生を回顧、脳の働き活性化


高齢者の認知症予防や介護に役立てようと、自らの人生を回顧してまとめる「自分史」作りの活用が広がっている。昔を思い出すことは脳を活性化する「回想法」につながるとされる。高齢者ら向けの講座や、作成を支援する自治体がある。ロボットに自分史を記憶させて本人と会話してもらう研究も進んでいる。「皆さんで昔の思い出を語り合ってみましょう」。男性講師が呼びかけると、60~70代の男女約30人の参加者が5人ほどのグループに分かれて会話を始めた。今年1月、大阪府立中之島図書館(大阪市)で開かれた自分史作りの講座だ。参加者同士はお互いの人生について話し合い、幼年や熟年など6つの時代に分かれたノートに思い出したことをつづっていく。参加者は2月までに計5回開かれた有料の講座で、写真やイラストを付けて12ページの自分史を完成させた。昔を回顧することで脳を活性化させ、認知機能の低下を防ぐのが目的だ。印刷会社「新聞印刷」(大阪市)が講座を主催した。同社は質問に答えることで自分史が作成できる冊子を販売していたが、2018年10月に認知症事業部を発足。今回初めて市民向けの講座を開いた。講師を務めた福山耕治社長(50)は「認知症予防と言われても何をしたらいいのか分からない人が多い。自分史作りをその一歩としてもらえれば」と説明する。兵庫県西宮市の近藤文雄さん(77)は妻の祥子さん(73)と夫婦で講座に参加した。文雄さんは「高齢になって認知症予防に関心があった。人生を振り返る良い機会になった」。祥子さんも「昔を思い出しながら語り合うことがこんなに楽しいとは思わなかった」と笑みを見せた。自分史作りを後押しする自治体もある。東京都文京区は18年度から、委託した相談員が高齢者宅を訪問し、本人や家族と話し合いながら自分史をまとめる取り組みを始めた。年間で約10世帯が対象。高齢者は自身の体験や趣味などを相談員に説明し、相談員が聞き取った情報を持ち帰り、文章を書いたり写真を貼り付けたりしたアルバムを作成する。高齢者に介護が必要になった際、得意だったことなど自分史に書き込んだ情報をもとにケアプラン作りに生かすことも想定している。区の担当者は「自分史を作ることで家族も知らなかった思い出が共有できる可能性がある。住み慣れた地域でいつまでも自分らしく生きるきっかけを見つけてほしい」と話す。自分史作りは高齢者施設でも広がっている。こうした中、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)は自分史を記憶したロボットと高齢者本人が会話することで回想法と同じ効果を生み出す研究を続けている。同センターの近藤和泉副院長によると、ロボットと高齢者本人が会話して人生を振り返ることができれば、認知症予防に役立てたり、介護現場の負担を軽減させたりすることにつながる可能性があるという。開発中のロボットは人型などを想定。現在は話しかける高齢者に対して相づちを打つことは可能だが、次の会話につなげてやりとりすることが難しいという。近藤副院長は「音声認識の精度などに課題はあるが、1~2年後には自分のことをよく知ったロボットと会話できる日がくるかもしれない」と話している。■介護プランに活用も 生きがいに、気持ち安定認知症は脳の働きが悪くなって障害が起こり、生活に支障が出ている状態だ。厚生労働省の推計によると、2012年の認知症の人は462万人。今後、25年に730万人、40年に953万人、60年には1154万人に増える可能性がある。回想法と認知症の関係に詳しい神戸女子大の津田理恵子教授(社会福祉学)は「昔を思い出して話すことは脳の活性化につながり、認知機能の低下防止や気分の安定に効果がある」とみる。自分史作りは「他人に自分の人生を知ってもらうことで、生きがいにもつながる」としている。三重大大学院の佐藤正之准教授(認知症医療学)は回想法について「認知症の発症予防や進行抑制に効果があるとのエビデンス(科学的根拠)は現段階で示されていない」と指摘する。自分史作りについては「記憶の再固定に役立つだけでなく、過去の写真などを見て話すことで成功の追体験がなされ、気分の安定やコミュニケーション力の改善に効果があると思われる」と説明。「回想法で昔のことを詳しく話せる土台を作っておくことは、介護が必要になったときのケアプラン作りに役立つ」と話す。(札内僚)

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