イノベーションが切り拓く未来/CYBERDYNE 山海嘉之社長【前編】


ロボット、サイボーグ、アンドロイド、ヒューマノイド…。古来より、映画やテレビアニメの世界では、ときに人を助け、ときに人間社会の脅威となり得る未知の存在たちが息づいてきた。だが、世界初の「装着型サイボーグ」、HALを開発したCYBERDYNE(茨城県つくば市)社長・筑波大学教授の山海嘉之先生が紡ぐのは、〝彼ら〞が「サイバニクス」によって人と、そして社会と溶け合う新たなシナリオだ。そこでは、何が実現するのだろう?—先生が提唱する「サイバニクス」とは、どのようなものですか?「サイバニクス」とは、人とロボットと情報系が融合・複合する分野を一体的に扱う新領域で、脳神経、生理・身体系などの医学や、ロボット、人工知能、データサイエンスなどの工学、心理学、倫理、経営などを統合した人と社会のための科学技術です。様々な技術を創り出すことで、狩猟採集社会(Society1.0)から農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)に至る社会変革を実現してきた人類は、今、新たな情報社会(Society4.0)の中にいます。私は、AIやロボットなどのテクノロジーとともにさらに進化していく次の社会は、「人」が中心であるべきだと考えています。サイバニクスによって、人とテクノロジーが共生する「テクノ・ピアサポート社会」(Society5.0)を実現していくことが、私の取り組みです。—その取り組みの一環がHALなのですね?HAL(Hybrid AssistiveLimb)は、「身に着けるだけで人をサイボーグ化」し、脳神経・身体系の機能を改善・補助・拡張・再生する、人とテクノロジーの融合技術です。「サイボーグ」という言葉を聞いたとき、ほとんどの場合、体内にいろいろな技術を入れ込むものを想像するでしょう?しかし実際は、生体防御システムがそれらを排除しようとします。その解決策として生み出されたのが、装着型サイボーグ「HAL」という、これまで存在しなかった新概念です。人が身体を動かそうとすると、脳から「意思」の信号(生体電位信号)が筋肉へと伝わります。細胞の膜を介したイオン電流であるこの信号は、脳から脊髄、運動神経、筋肉、そしてHALへと伝わっていきます。たとえ病気などで身体の機能が低下したり全く動かなかったりするような状況であっても、「動きたい」という脳からの生体電位信号が少しでも検出できれば、身体はHALと機能的に融合し、動くのです。—心の中で「動け!」と念じるということですか?いいえ、違います。それは「新世紀エヴァンゲリオン」の世界ですね(笑)。
確かにエヴァンゲリオンはHALに一番近い原理だとは思いますが、神経と神経、神経と筋肉との間のシナプス結合を再構築・調整しながら脳神経系と身体系の機能を結ぶことができるHALに、残念ながら追いついていません。現実はSFを超えているのです。HALと一体化することで動くようになった身体の感覚神経の情報は、HALを介してもう一度脳へと戻されます。こうして、人とHALとの間で脳から末梢へ、末梢から脳へという神経伝達のループがくるくると回ることで、インタラクティブ・バイオ・フィードバック(双方向の生体フィードバック)が生まれ、これにより、本来構成されていなかった神経系のループが再構築されます。「動けないから動かない→神経系のシナプス結合が弱まる→下肢が弱まる→筋肉が衰えていく」という悪循環が断たれ、徐々に機能が改善してくるわけです。たとえば筋ジストロフィーという病気に罹ると、筋肉が徐々に壊れていきます。しかし、だからといって動かさないでいると、筋肉はどんどん衰退してしまう。ところが、HALを使うと筋肉の損傷や破壊の目安となるCK(クレアチンキナーゼ)値がぐっと下がり、同時に身体機能が向上していくことが実際に報告されています。—今や国内外で、様々な種類のHALが活躍しているんですよね?2013年6月に、HALは世界初のロボット治療機器として、EU域内における医療機器の認証を取得しました。日本国内でも16年9月より、神経・筋難病疾患に対するサイバニクス治療において公的医療保険が適用されています。HALには下肢タイプ、腰タイプ、単関節タイプの3つがあり、これまでお話ししてきた医療用下肢タイプのほかに、非医療用の自立支援用下肢タイプや単関節タイプ、作業支援用腰タイプなど、用途や部位別に様々なタイプがあります。現在、医療用下肢タイプはEU加盟国、米国、中東、アジアでは日本以外に台湾とフィリピン、マレーシアで導入されており、20 年3月の時点で、臨床試験用も含めて国内外の病院で約300台が稼働しています。非医療用タイプは、介護・福祉施設などでの機能訓練・改善を目的とした自立支援用が約1600台、様々な現場での重作業をサポートする腰タイプ作業支援用が約600台稼働中です。今後、施設だけでなく自宅にいる高齢者にも様々なサイバニクス技術を使ってもらえるよう考えており、最初の取り組みが始まったところです。(後編2020年8月5日号に続く)CYBERDYNE株式会社
代表取締役社長/CEO
筑波大学教授
サイバニクス研究センター研究統括
山海嘉之先生

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