脳の謎に迫れ!寝て記憶力アップ? 高知工科大で高性能MRI駆使


脳コミュニケーション研究センター 私たちの脳は、謎に包まれている。どうやって物事を記憶しているのか、体をうまくコントロールできるのはなぜか。そもそも、意識はどうやって生まれるのか―。そんな問いに、高知工科大学(香美市)の研究者たちが挑んでいる。大病院のような最新の機器をそろえた「国内有数」の施設を訪ねた。  青々とした芝生広場の西側にある研究棟。1階の一角が、2012年に開設された「脳コミュニケーション研究センター」だ。 奥の部屋には、病院や医科大学かと見まがうほどの最新鋭の磁気共鳴画像装置(MRI)が設置されている。価格はおよそ3億円。一体なぜ高知工科大にMRIが? 「人の脳活動を調べる際、現時点で一番役に立つのがMRIなんです」 そう話すのは、認知神経科学が専門の教授で、脳コミュニケーション研究センター長の中原潔さん(54)。MRIは強力な磁気によって人を傷つけずに脳の断層画像を撮影するが、この高知工科大の装置は一般的なMRIとは違う機能がある。 病気の診断に使うMRIは写真を1枚だけ撮るのに対し、この装置は脳の活動を数秒ごとに記録し続ける。画像をつなげば、動画のように脳活動の変化が見られる。これは「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」と呼ばれ、1990年代から脳研究の分野で応用が進んでいる。 高知工科大には他に脳波計などもあり、地方の公立大でこれほどの設備があるのは「唯一と言っていい」(中原さん)。専任の研究者は20~50代の7人。小所帯ながら、国際的な学術誌に掲載された論文も出ている。 □  □ 
 人間の脳内には情報伝達を担う神経細胞(ニューロン)が860億個以上あり、それぞれが結びついて無数のネットワークを作り、電気信号で情報を伝え合っている。 そのメカニズムはあまりに巨大で複雑。「見たり聞いたり、記憶したりする仕組みはほとんど分かっていない」と中原さん。「99%、ほぼ全てが謎です」 高知工科大のfMRIは2立方ミリ単位で脳全体を記録できるため、ネットワーク同士の関連性を明らかにできると期待されている。実験では、MRIの中に入った人に写真を見せたり指先で作業させたりした後、コンピューターで脳の連続画像を解析する。被験者は募集に応じた高知工科大生だ。 中原さんが取り組む研究テーマは「エピソード記憶」。日常生活の中で、あることは記憶し、あることは忘れてしまうのはなぜか―。 脳全体のネットワークの変化を調べた結果、しっかり記憶する時は脳内の「海馬」や「大脳皮質下領域」など複数の領域間でネットワークのつながりが強まっていることを世界で初めて確認。論文は2018年、科学誌「eLife」に掲載された。 □  □  「中学生の頃なんかに、『自分とはなんだろう?』とか考えますよね。うれしいとか悲しいとか感じる意識とは何なのか。それは全部脳がつくってることは間違いない。そういう意識がどこから来るのかを知りたい」 中原さんの研究の原点だ。「人間の手に負えないテーマかもしれませんが」 将来的には、認知症対策などで県民の脳の健康づくりに貢献したいという。県内の病院と連携し、送ってもらったMRIの画像を解析することなども構想する。 「高知の公立大学として存在感を示したいですね」。生命の神秘に向き合う、大きな挑戦が続いている。
電気刺激で脳波増幅 睡眠中の脳は、起きていた時の記憶を定着させていると考えられている。高知工科大特任教授の竹田真己さん(44)はそのメカニズムを解明し、いずれは記憶力を向上させる装置を開発したいと意気込む。 研究では、fMRIで脳活動を調べると同時に、電気信号を捉える60個以上の電極がついたキャップを被験者にかぶってもらって脳波を調べる。 例えば、男女の画像を1枚ずつ被験者が見た場合。fMRIでは画像ごとに異なる脳活動は見られないが、脳波には明確な違いが現れる。fMRIだけでは分からない脳の情報が脳波によって読み取れる。竹田さんは解析方法を発展させ「人がどんなことを考えているのかが分かるようにしたい」と話す。 さらに、寝ている間の脳活動を解読し、記憶に関わる特定の脳波を増幅させる微弱な電気刺激を与え、記憶力を向上させるシステムを開発中だ。 「ビリッと感じるような強い電気刺激ではないので、健康に害はありません」。効果についての検証が、これから進んでいく。 竹田さんによると、記憶には「短期記憶」と「長期記憶」の2種類がある。短期記憶は一時的に覚えた電話番号などで、すぐに忘れてしまう。一方、家族の名前や旅行の思い出など、いつまでも忘れないのが長期記憶だ。 短期記憶がどうやって長期記憶に移行するのかは、はっきりと分かっていない。竹田さんは「睡眠時の脳活動が長期記憶の鍵を握っているのでは」と考えている。 「努力して勉強しても、覚えるのが苦手な子がいる。そのことで劣等感を持ったり夢をあきらめたりしないよう、役に立つ装置を開発したい」。そんな思いで研究に打ち込んでいる。
運動学習能力を予測 神経回路の状態に着目 スポーツでは、トレーニングしてうまくなる人とそうでない人がいる。一般的に「運動神経が良い・悪い」などと表現されるが、この違いはどこからくるのだろうか。高知工科大准教授の門田宏さん(44)は、そんな観点から脳と運動能力の関係を研究している。 脳が体を動かそうと考えると、電気信号が神経細胞を伝わり、脊髄を経由して筋肉が動く。実験では、脳の状態をfMRIなどで調べておいて、その後に片手でできる簡単な課題をしてもらった。 その結果、脳や神経回路の状態により、その後の課題の成績に違いが出ることが明らかになりつつある。「トレーニング前の脳の状態を調べることで運動学習能力を予測できそう、という段階です」と門田さん。 研究では他にも、ゴーグル型の仮想現実(VR)端末や、人の動きをデータ化する「モーションキャプチャー」などを使うことも。運動学習能力と脳の関係が解明できれば、トレーニング中などに脳に電気刺激を与えることで効果を向上させられる可能性があるという。 「方法によってはパフォーマンスが良くなるかもしれない。アスリートの世界では0・1秒の差で結果が大きく違いますから」(山本仁)

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