アトピー患者に光 かゆみの原因を発見 佐賀大や富山大の研究チーム 10年を目標に新薬の実用化目指す


激しいかゆみを引き起こす「アトピー性皮膚炎」。これまでかゆみの原因はよくわかっていませんでしたが、佐賀大や富山大の研究チームは原因の一つを突き止め、かゆみを抑える薬となり得る化合物を発見しました。現在は民間企業と共同で新薬を開発中です。国内では20歳以下の約10%が罹患(りかん)していると言われ、実用化への期待が高まっています。 (小沢慧一)発見をしたのは、佐賀大の出原賢治教授らの研究チームで、今年一月に生命科学分野の国際学術誌に掲載されました。出原教授は、かゆみのメカニズムを鍵と鍵穴に例え、解説します。「かゆみを引き起こすのは『ペリオスチン』というタンパク質で、いわばかゆみの鍵となる分子です。これが神経細胞の上にある『インテグリン』という鍵穴となる分子と結合すると、知覚神経を刺激し、脳に『かゆい』という信号を送ります」ペリオスチンは誰の体にも一定量ありますが、アトピー患者の疾患部分では過剰につくられているといいます。出原教授らは「CP4715」という化合物を投与すると、かゆみをなくす働きをすることを発見しました。「もとは心筋梗塞の薬として開発されていた化合物ですが、ペリオスチンに代わりインテグリンと結合し、かゆみを引き起こす仕組みを阻害することがわかりました」アトピーは湿疹によりかゆみが生じ、炎症した場所を引っかくとさらに悪化し、皮膚のバリアー機能が低下。ますますかゆみを感じやすくなるという悪循環に陥ります。CP4715はかゆみだけではなく、湿疹を抑える効果も期待できるといいます。一九九〇年代から免疫学を専門に研究してきた出原教授。二〇〇〇年代に遺伝子発現解析ツール「マイクロアレイ」を使い、アレルギーを引き起こすとされるタンパク質に反応する分子を探しました。ペリオスチンは大きな反応を示す分子の一つでしたが、そのときはまだこれがかゆみの原因となっていることまでは、わかっていませんでした。マイクロアレイは、人が持っている約二万の全遺伝子を対象に調べることができます。出原教授は「砂浜で砂金を見つけるようなもの。ギャンブル的な感覚で調べていました」と、目当ての分子を見つけ出すことの難しさを例えます。そんな中、ターニングポイントとなったのは、動物実験に使う「アトピー体質」のマウスを生み出せたことでした。それまでは体にダニを塗るなどしてかゆみを訴えるマウスを生みだそうとしましたが、うまくいかず、ペリオスチンがかゆみの原因であることを検証できずにいました。だが約七年前、富山大の北島勲教授(現副学長)から「神経に異常が出るマウスをつくろうとしたら、皮膚に病変が出る変なマウスができてしまった。専門外なので代わりに見てほしい」と連絡が入ったそうです。生まれつき顔をこするしぐさをするマウスで、調べるとアトピーに似た症状が見つかりました。このマウスを使って実験をすると、顔を引っかくようなしぐさをしてかゆみを訴えるとともに、ペリオスチンを大量に産生していることがわかりました。一方、ペリオスチンを持たないように遺伝子操作したマウスは、全くかゆみを訴えないことがわかりました。また、ペリオスチンを大量に持つマウスにCP4715を投与すると、顔を引っかくしぐさをしなくなりました。マウスのこの変化の第一発見者は、たまたま授業の一環として研究室に来ていた医学部生でした。出原教授が学生に「もし引っかかなくなったら大発見だけど、そんなうまい話はそうないから」と、CP4715を与えたマウスの動きを観察させていたら、学生が「本当に引っかかないんですけど」と報告してきたといいます。「『えー』と驚いて確認すると、本当に引っかいてない。私を含め、研究室が色めき立ちました」と出原教授は振り返ります。「二万もの遺伝子からペリオスチンを見つけ出したり、検証に使えるマウスがたまたま見つかったりと、研究ではさまざまな偶然が重なりました。画期的な成果は偶然から生まれると言われますが、今回はまさにそう感じました」現在は民間企業と共同でさらに研究を進めており、塗り薬として十年以内に実用化することを目指しています。これまでの治療には、炎症を抑えるステロイドを使用した塗り薬が主に使用されてきましたが、薬が効かない患者もいます。開発中の薬はステロイド薬と併用する形での利用を想定しています。ただ、実用化できた場合も、アトピーを根源的に治療できるわけではなく、かゆみを止める作用も全ての患者に効果があるかはわからないといいます。「かゆみの原因は人によって異なります。われわれの目標はかゆみの原因となる全ての物質を見つけ出し、それを抑える薬をそろえることです」と出原教授。今回の発見について「治療の選択肢を広げられる点で、意義が大きいと思っている」と話しています。

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