全国で地域医療を支える診療所の医師の高齢化が進む中、長崎県西海市は今年度から、診療所の新規開業や承継に最大6千万円の補助を始める。市によると県内初の取り組みで、地元開業医らの「このままでは診療所がなくなる」との訴えに背中を押された形だ。「産科、内科、外科2軒……ずいぶんたくさん廃業したね。90代まで診察を続けた先生もいた」。大村湾沿いの西海市西彼町に診療所を開業して25年の西彼杵医師会会長・田中公朗医師(69)はこう振り返る。市は2011年に市立病院を民間に移譲。救急患者は多くが市外に搬送される。市内には私立病院2カ所、民間診療所13カ所、離島の公立診療所3カ所がある。しかし今、診療所を営む個人開業医12人の約半数が65歳を超え、1軒は休診中だ。休日当番医に入れる医師が減り、東西2地区で分担していたのを2年前から市全域に一本化。すでに市民生活に影響が出ている。多くの医師が後継者を見つけられないまま廃業するのはなぜなのか。田中医師はこう話す。「医療の専門化に伴って若い医師は専門技術に特化する傾向があるが、診療所は幅広い疾患に対応する。地域の人口減で患者が減り、黒字経営も難しい」。市内では看護師の確保も難しく、悩みはつきない。自身も診療所を誰かに引き継げるかは「分からない」という。ただ、市内の75歳以上は2030年までは増え続けると推計され、在宅医療を担う診療所への期待は大きい。田中医師はこの日、午前と午後の外来診察の間の2時間で、外来に来られない患者3軒の元を訪ねた。「家族も含めて信頼関係を築き、安心して体のことを話してもらうのが我々かかりつけ医の仕事。30分、1時間以内のところに医師がいるのが理想だ」田中さんら医療関係者は市の諮問を受けて11月に出した答申書で、民間任せでは医療機関の維持が難しいと指摘した。これを受け、市は診療所の開業や承継に補助金を出す関連予算約1億円を今年度の一般会計補正予算案に盛り込んだ。10日閉会の市議会で可決された。市は今後、市内で10年診療を続けることや休日当番医・校医に参加することなどを条件に、新規開業に最大5千万円、承継に最大3500万円を、市の貯金に当たる地域振興基金から補助する。特に足りない産科と小児科はそれぞれ1千万円増額。今年度予算は2カ所分だが、繰り越しや補正予算でそれ以上も対応できるようにする予定だ。産科と小児科を対象に2015年から補助金を用意した宮崎県日向市では、18年に小児科医1軒が市外から開業。ただ産科はまだ応募がなく、引き続き補助の対象としているという。西海市は今後、県医師会の会報に広告を掲載したり、医業継承に取り組む民間企業と連携したりして手挙げを募る予定。健康ほけん課の担当者は「市民の安心安全のため、多くの方に開業していただきたい」と話している。(榎本瑞希)