2024年7月22日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
ALT値が示す新たな脂肪性肝疾患リスク ―健康診断における奈良宣言2023の有用性を検証―
本研究のポイント
・日本肝臓学会は肝疾患の早期発見・早期治療を目的として「奈良宣言2023」1)を提唱し、alanine transaminase (ALT)値2)が30を超えていた場合、まずかかりつけ医等を受診することを勧めている。
・本研究では、627名の大学職員健康診断データを用いて、奈良宣言2023に基づくALT値が、
脂肪性肝疾患の新定義であるmetabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD) 3)の同定に有用か検証した。
・MASLDを同定するために特異度を90%以上とした場合、カットオフ値としてALT 29 IU/Lが算出された。
・本研究により、奈良宣言の提唱するALT値30を超えた場合の受診推奨は妥当な値であることが確認され、健康診断を通じたMASLDの早期発見・進展予防に寄与することが期待される。
研究概要
2023年に脂肪性肝疾患の新定義metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD) が提唱されました。日本肝臓学会は肝疾患の早期発見・早期治療を目的として「奈良宣言2023」を提唱し、ALT(alanine transaminase)値が30を超えていた場合、まずかかりつけ医等を受診することを勧めています。岐阜大学保健管理センター 山本眞由美教授、三輪貴生医師らのグループは、職域健康診断におけるMASLDの同定についてALTとの関連を明らかにしました。
本研究では、健康診断を受診した大学職員627名を対象とし、腹部超音波検査によりMASLDを診断し、ALT値との関連を検討しました。年齢中央値46歳の大学職員において28% (男性38%、女性18%) がMASLDを有していました。MASLDを有する者のALT値はMASLDのない者と比較して有意に高い値であること明らかとなりました。また、restricted cubic spline (RCS)解析 4)ではALT値が上昇するにしたがって、MASLDのリスクが上昇することが示唆されました。receiver operating curve (ROC) 解析5)ではMASLDに対するALT値のarea under the curve (AUC) 6) は、全体で0.79、男性で0.81、女性で0.69であり、MASLDに対する特異度が90%以上となるALTのカットオフ値は29 IU/Lでした。
三輪貴生医師らの研究により、年齢中央値46歳の大学職員において28%(男性38%、女性18%)にMASLDがあり、ALTが有用な指標となることが示唆されました。またMASLDを特定するためのカットオフ値としてALT 29 IU/Lが算出され、日本肝臓学会の提唱する「奈良宣言2023」においてALT値が30を超えていた場合、まずかかりつけ医等を受診することの推奨は健康診断におけるMASLDの観点からも妥当であることが明らかとなりました。
本研究成果は、日本時間2024年6月17日にJGH Open誌で発表されました。
研究背景
肥満人口の増加に伴い、代謝異常関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease; MASLD)は世界的に増加傾向であり、本邦でも増加することが見込まれています。また日本肝臓学会は肝疾患の早期発見・早期治療を目的として「奈良宣言2023」を提唱し、ALT値が30を超えていた場合、まずかかりつけ医等を受診することを勧めています。しかし、健康診断の場において、奈良宣言における提言がMASLDの拾い上げの観点で有用かは十分に検討されていません。本研究では、職域健康診断受診者を対象としてMASLDの実態とALTを含むバイオマーカーとの関連について検討しました。
研究成果
本研究では大学職員健康診断を受診した627名を対象とし、通常の健康診断項目に加えて腹部超音波検査を行い、MASLDの実態とALTを含むバイオマーカーとの関連について検討しました。参加者の年齢中央値は46歳、body mass index(BMI)中央値は23 kg/m2でした。腹部超音波検査と健康診断結果により、28% (男性38%、女性18%) がMASLDと判定されました。MASLDを有する受診者ではそうでない受診者と比較して有意にALT値が高いことが明らかとなりました(27 vs. 15; P < 0.001)。RCS解析ではALT値の上昇とともにMASLDのオッズ比が上昇することが明らかであり、男性および女性のサブグループにおいても同様の結果でした(図1)。ROC解析では、MASLDに対するALT値のAUCは、全体で0.79、男性で0.81、女性で0.69であり、MASLDに対する特異度が90%以上となるALTのカットオフ値は29 IU/Lが算出されました。したがって奈良宣言の提唱するALT値が30以上の受診者では、MASLDのリスクが高く、MASLDの精査あるいは食事療法・運動療法を含む生活習慣改善を要する対象者であることが示唆されました。
次にFatty liver index(FLI)7)とHepatic steatosis index(HSI)8)についても同様に検討しました。FLIはBMI、腹囲、中性脂肪、γGTPから、HSIはAST、ALT、BMI、性別、糖尿病の有無からそれぞれ算出される指数であり、脂肪性肝疾患のバイオマーカーとしてそれぞれ有用であることが報告されておりますが、MASLDの観点からは検討されておりませんでした。ALTと同様にMASLDを有する受診者はそうでない受診者と比較して有意にFLI (54 vs. 7; P < 0.001)、HSI (37 vs. 28; P < 0.001) が高値であることが示されました。RCS解析ではFLIあるいはHSIが上昇するにしたがってMASLDのオッズ比が上昇することが示されました。また、男性および女性のサブグループにおいてもFLIおよびHSIの上昇とともにMASLDのオッズ比が上昇する結果でした(図2)。
ROC解析では、MASLDに対するFLIのAUCは、全体で0.90、男性で0.87、女性で0.93であり、HSIのAUCは、全体で0.88、男性で0.86、女性で0.90であり、FLIとHSIの間でMASLDの検出能に有意差はありませんでした(図3)。一方で、HSIでは男女間のカットオフ値の差が小さいのに対し、FLIでは男女間のカットオフ値の差が大きいことが示されました。このことからFLIとHSIはともに健康診断におけるMASLDの拾い上げに有用であることが示されましたが、FLIを用い る際には男女別のカットオフ値を検討する必要性があることが示されました。
以上のことから、年齢中央値46歳の大学職員において28%(男性38%、女性18%)にMASLDがあり、ALTが有用なマーカーとなることが示唆されました。またMASLDを特定するためのカットオフ値としてALT 29 IU/Lが算出され、日本肝臓学会の提唱する「奈良宣言2023」においてALT値が30を超えていた場合、まずかかりつけ医等を受診することの推奨は健康診断におけるMASLDの観点からも妥当であることが明らかとなりました。また、FLIおよびHSIは診断能の高いMASLDの指標であることも示唆されました。本研究結果により、職域健康診断においてMASLDを効率的に拾い上げる方法が確立され、MASLDの早期発見・進展予防に寄与することが期待されます。
今後の展開
本研究により、職域健康診断における奈良宣言の有用性が明らかとなりました。今後ALTを指標としたMASLDの把握が、食生活あるいは運動習慣の是正につながり、脂肪性肝疾患の改善と健康寿命の延長に寄与することが期待されます。
用語解説
1) 奈良宣言2023:
「奈良宣言2023」は、肝臓病の早期発見と治療を目的として、日本肝臓学会が発表した取り組みである。特に、一般的な健康診断で測定されるalanine transaminase (ALT)値が30を超えた場合、肝疾患のリスクがあるため、かかりつけ医に受診することを推奨している。この取り組みは、慢性肝疾患の早期発見と治療を通じて、肝臓病による死亡率の低減を目指したものである。
2) alanine transaminase (ALT):
ALTは、主に肝臓に存在する酵素で、肝細胞の損傷や破壊により血液中に放出されるため、肝機能の評価に使用されます。ALTの血中濃度の上昇は、肝炎や脂肪肝、アルコール性肝疾患、肝硬変、肝臓がんなどの肝疾患を示唆することが多い。
3) metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD):
従来脂肪肝は非アルコール性脂肪性肝疾患肝硬変(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)とアルコール関連肝疾患に大別されてきた。MASLDは2023年に欧州肝臓学会、米国肝臓病学会、ラテンアメリカ肝疾患研究協会などが合同で、NAFLDなどの脂肪性肝疾患の病名を新しく定義したものである。変更理由は従来のNAFLDに含まれる“alcoholic”および“fatty”は不適切用語であると見なされたためである。
4) restricted cubic spline(RCS)解析:
RCS解析は、統計学において非線形関係をモデリングするための一手法である。この分析手法は、特に医療統計や生物統計学でよく用いられ、リスク因子とアウトカム間の関係を探る際に有用な手法である。
5) receiver operating curve (ROC) 解析:
ROC解析は診断やスクリーニング検査の精度評価に用いる解析である。検査におけるカットオフ値や、陽性者を正しく陽性と判定する感度、陰性者を正しく陰性者と判定する特異度、陽性者のうち真に疾患を有している者の割合である陽性的中率、陰性者のうち真に疾患のない者の割合である陰性的中率を判定できる。
6) area under the curve (AUC):
AUCはROC曲線の下の面積を指し、モデルの性能を評価する指標の一つです。AUCは0から1までの値を取り、値が大きいほどモデルの性能が高いことを示します。
7) fatty liver index(FLI):
FLIは下記計算式にて算出される脂肝疾患診断の指標である。
FLI = (e{0.953*loge[TG]+0.139*BMI+0.718*loge[GGT]+0.053*waist circumference-15.745})/(1+e{0.953*loge[TG]+0.139*BMI+0.718*loge[GGT]+0.053*waist circumference 15.745})*100
8) hepatic steatosis index(HSI):
HSIは下記計算式にて算出される脂肝疾患診断の指標である。
HSI = 8 * (ALT/AST) + BMI (女性の場合+2, 糖尿病の場合+2)
論文情報
雑誌名:JGH Open
論文タイトル:Usefulness of health checkup-based indices in identifying metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease
著者: Takao Miwa1,2, Satoko Tajirika1,2, Nanako Imamura1, Miho Adachi1, Ryo Horita1, Tatsunori Hanai2, Cheng Han Ng3, Mohammad Shadab Siddiqui4, Taku Fukao1, Masahito Shimizu2, Mayumi Yamamoto1,5
1 岐阜大学保健管理センター
2 岐阜大学大学院医学系研究科内科学講座消化器内科学分野
3 シンガポール国立大学病院消化器肝臓学部門
4 バージニア・コモンウェルス大学消化器・肝臓・栄養学部門
5 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科
DOI: 10.1002/jgh3.13110
研究者プロフィール
氏名: 三輪 貴生 (Miwa Takao)
機関: 東海国立大学機構 岐阜大学
所属・職名: 岐阜大学医学部附属病院第一内科・医員
岐阜大学保健管理センター・非常勤講師
学歴(大学):
2015年:岐阜大学医学部医学科卒業
2021年~2024年:岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻(消化器内科学分野)
2024年:学位取得(医学博士)
勤務歴:
2015年4月~2016年6月:岐阜市民病院(研修医)
2016年7月~2017年3月:岐阜大学医学部附属病院 (研修医)
2017年4月~2018年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2018年4月~2020年9月:中濃厚生病院内科(医員)
2020年10月~2022年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2022年4月~2023年4月:岐阜大学保健管理センター(助教)
2023年4月~:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)、岐阜大学保健管理センター(非常勤講師)
所属等学会:
日本内科学会(認定内科医・総合内科専門医)
日本消化器病学会(専門医)
日本肝臓学会(専門医)
日本消化器内視鏡学会(専門医)
日本臨床栄養代謝学(認定医)
日本病態栄養学会
日本門脈圧亢進症学会
日本超音波医学会
表彰:
2017年度:第233回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2017年度:第234回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2018年度:第237回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2019年度:第239回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2021年度:JDDW2021 若手奨励賞
2022年度:JDDW2021 The Best Presenter Award in International Session
第26回日本病態栄養学会年次学術集会 若手研究特別賞
2023年度:第39回日本臨床栄養代謝学会学術集会 Young Investigator Award 2024