世界初 ミニ臓器移植 再生医療の新たな一歩 東京医科歯科大、難病「潰瘍性大腸炎」で


実験室で、臓器の一部の構造を作り出し、それを移植する。ミニ臓器「オルガノイド」を使った世界初めての手術を実施したと今月、東京医科歯科大のグループが発表しました。厚生労働省が指定する難病の中でも特に患者の多い「潰瘍性大腸炎」が対象です。壊れてしまった体の一部を修復する再生医療の中で、細胞を組織に組み立てて移植する新たな段階を予感させる一歩です。 (森耕一)「患者さんの経過は良好です。十年にわたる研究開発は非常に長かった」。同大の岡本隆一教授は記者会見で、二〇一三年に始めた研究を振り返りました。潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜が炎症でただれて出血し、粘膜の一部が失われてしまう病気です。一五年の統計で二十二万人の患者がおり、下痢や腹痛、血便が続きます。免疫の働きを調節する薬で炎症を抑える治療が効果を上げる場合もありますが、原因がわからないため根本的な治療法がありません。治療効果があまり上がらない「難治性」の患者が約一万人います。研究は、ただれて傷ついた大腸の表面に、新たに作った表皮を移植して傷をふさぎ、根本的に治すことを目指します。始めに、患者自身の大腸内の健全な部分から、少量の粘膜を内視鏡で採取します。次に実験皿の中で、腸の組織が育っていく環境を再現し、約一カ月かけてこの細胞を増やします。細胞は分裂を繰り返して〇・一〜〇・二ミリほどの球状の小さなかたまりを作って育ち、実際の表皮と同じような立体的な構造になりました。粘膜の細胞や、細胞を増やしていく働きがある「幹細胞」も含んでいます。この球状に育った表皮のミニ臓器を、内視鏡を使って、大腸のただれて壊れてしまった部分に散布します。動物実験では、このオルガノイドが定着して、ただれた表皮が健康な状態に戻り、その下に血管なども張り巡らされて、体重が回復することが確認されています。人間でも同じ成果が得られるか今後一年程度観察を続けます。手術は今月五日に患者一人に実施され、翌日には退院しました。「他の患者さんの治療にも役立てばうれしい」と話したといいます。研究が始まった一三年は、山中伸弥さんがiPS細胞(人工多能性幹細胞)の発見でノーベル賞を受賞した翌年です。国は再生医療に大規模な予算を割り当て、国家プロジェクトとして実用化を目指すことに。今回の研究は、その際に選ばれた十のテーマの一つです。同大の渡辺守副学長は「他の計画はiPS細胞を使った内容だったが、私たちは患者自身の細胞からスタートすることにこだわった」と説明します。iPS細胞は、体のほぼ全ての細胞に変えられる強みがある一方で、狙った細胞を作ったり、がん化しないかなど安全性を確認したりするのに、かなりの時間とコストがかかります。医科歯科大の研究は、ある段階にまで成長した患者自身の大腸の細胞を使います。目的に特化した細胞を使うことで、培養期間が短く、免疫の拒絶の心配も少なくなります。より現実的な再生医療と言えます。〇九年にこの腸のオルガノイドを実験室で作ることに世界で初めて成功したのは、慶応大の佐藤俊朗教授らです。この世界をリードする技術に改良を加え、動物実験などで安全性を確かめることを繰り返してきたのが医科歯科大のチームです。最初の技術の確立から、人体での治療実現までにはいくつも壁があります。研究者は、最初の治験を「ファースト・イン・ヒューマン」と呼び、大きな目標としています。再生医療ではiPS細胞からスタートして、脳神経細胞を移植するパーキンソン病の治療、網膜や角膜の細胞を移植する治療、重い心臓病の患者に心筋細胞を移植する治療などで、患者への治験が始まっています。細胞そのものを移植する方法に加えて、細胞をシート状にする移植方法も実現しています。その先にあるのが立体構造を持つオルガノイドです。今回は大腸の表皮細胞だけからなる簡単な構造で、ミニ臓器としては第一歩です。世界では、肺、皮膚、膵臓(すいぞう)、胸腺、卵巣などさまざまなミニ臓器を作る研究が進んでおり、一例目の手術が実現したことは追い風となります。医科歯科大のチームは、一年半で八人の患者の手術を計画しています。まずは安全性を確かめることが主要な目的ですが、問題がなければ、実際に治療効果を確かめ、コストを下げて多くの患者に使える技術にすることを目指します。岡本教授は「ようやくスタートラインに立てた」と話します。再生医療が多くの患者を救うまでには、まだ長い道のりが続きます。

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