読書バリアフリー法施行1年 カギ握る書籍の電子データの扱い


障害の有無にかかわらず誰もが読書しやすい環境を整える「読書バリアフリー法」が施行されてからまもなく1年。視覚や身体など障害の種類に合わせ、電子書籍や点字書籍など多様な形式の本をそろえることが必要とされるなか、書籍の電子データの活用が注目されている。ただ、費用負担や不正流出の懸念など、乗り越えなければいけない課題は多い。(文化部 油原聡子)障害者の読書環境というと、これまでは視覚障害者に焦点が当てられてきた。読書バリアフリー法では、「障害の有無にかかわらず全ての国民が文字・活字文化の恵沢を享受できる社会の実現に寄与する」と明記されている。筑波大学付属視覚特別支援学校教諭の宇野和博さんは「読書バリアフリー法によって、発達障害や身体障害などこれまで読書が難しかった人たちにも光が当てられた。障害の特性に合わせて多様なニーズがあることを知ってほしい」と話す。上肢障害や寝たきりの人はページをめくるのが難しいし、本を持てない人もいる。弱視や高齢者には拡大文字や見やすい字体の本も必要だ。電子書籍の普及も期待されているが、インプレス総合研究所の調査によると、市場の8割以上をコミックが占める。こういった現状を受け、注目されているのが書籍の電子データだ。特にテキストファイル形式のデータがあれば、障害者自身で点訳ソフトを使うこともできる。スマートフォンやパソコンを使って文字を拡大したり、音声読み上げ機能を使ったりすることも可能になるからだ。ただ、データ提供に対応している出版社は少ない。障害をサポートする本を多く手掛ける出版社「読書工房」(東京都豊島区)の成松一郎代表は「本にデータの引換券を付けている出版社もあるがごく一部。どの本がデータ提供に対応しているかの情報も不足している」と説明する。出版社側はデータ提供についてどう考えているのだろうか。専修大の植村八潮教授(出版学)と日本書籍出版協会が昨年、出版社を対象に行った調査(73社回答)では、電子データ提供を求められた場合の対応方針は、「条件付きで提供する」が62%、「障害者の利用なら、無条件で提供する」が15%。一方、「断る」が8%だった。日本書籍出版協会(書協)の樋口清一事務局長は「データは著者にとっても出版社にとっても財産。データ流出や複製への不安がぬぐえないと踏み切れない。安心して提供できる仕組みが必要」と話す。また、旧字や外字などのデータがアウトプットされた後、紙媒体との同一性がどこまで担保されるのかについても懸念を示す。校閲後の最終データを印刷会社が持っているケースもあり、データ提供のための手間と費用をだれが負担するのかという課題もある。読書バリアフリー法では、読書環境の整備は国や自治体の責務としている。植村教授は「出版社のなかには規模の小さい企業も多く、電子書籍化やデータ提供に人員を割くのが現実的に難しい。データ提供のためのプラットフォームづくりなどの環境整備は、国が費用を負担し、その責任で進めるべきではないか」と指摘。「障害者も一人の読者として普通に本を選び、買い、読むことができる市場が望ましい」と話している。読書のバリアフリーをめぐり、海外ではどんな取り組みがされているのだろうか。同志社大の客員教授、関根千佳さんは「欧米では、情報へのアクセスは人権のひとつという意識が強い。妨げとなっている環境があるならそれを解消するように取り組んでいる」と指摘する。たとえば米国には、政府が新たに調達する電子機器、情報端末などに厳格な障害者対応を義務付ける「リハビリテーション法508条」がある。英語圏で展開されているのが、米国のNPOによる「ブックシェア」だ。障害のある子供や親などからの依頼を受けると、無料で書籍をデータにして届けるサービスを行っている。データを他の人が利用できないよう、不正防止の機能も備えられているという。障害の有無にかかわらず、誰もが本を読める環境を整えるのが目的。政府が平成30年に、障害者の読書環境整備を求めた「マラケシュ条約」を採択したのを背景に昨年6月、議員立法により成立した。国に基本計画と財政措置を義務付け、自治体は計画作成を努力義務とした。国の基本計画案では、音声読み上げ式書籍やオーディオブックの普及、図書館での障害者サービスの充実などが盛り込まれた。早ければ6月下旬にも策定される。

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