医療×ICT=人材育成 エクモはVR、コロナ禍で


新型コロナウイルスの感染拡大で、医療従事者や医大生向けの実習風景が変化している。患者との接触を避けるためICT(情報通信技術)を駆使。仮想現実(VR)やシミュレーターを使った疑似治療を行い、特例的に解禁されたオンライン診療も積極的に訓練に取り入れる。コロナ禍を逆手に、テクノロジーと融合して進化する医療人材の育成現場を写真と映像で追う。新型コロナウイルスによる重症呼吸不全の治療に使う体外式膜型人工肺(ECMO=エクモ)。操作技能の習熟に少なくとも40症例の経験が必要で、10年以上かかるとされる。人材不足が課題となるなかVRを活用した研修が始まった。8月8日、神戸市内の会議室。集まった医師や看護師らが一斉にVRゴーグルを装着すると、エクモの治療現場を360度カメラで撮影した映像が映し出された。室内3カ所に設置されたカメラが切り替わり、前後左右あらゆる方向を見学できる。講師は専用のタブレット端末とペンを使い、注目してほしいポイントを書き込み強調することも可能だ。研修を受けた兵庫県立加古川医療センターの臨床工学技士、金川孝成さん(45)は「機器の裏側の様子までリアルに見ることができた」と満足そう。主催するのはエクモの治療経験が豊富な医師で構成する「日本COVID-19対策ECMOnet(エクモネット)」。今年中に全ての都道府県で研修を行う準備を進める。統括ECMOコーディネーターの小倉崇以医師は「エクモは1人では操作できない。医師、看護師、臨床工学技士のそれぞれの動きを疑似体験し、繰り返せるのがVR教材の利点」と力を込めた。「きょうはなぜ来院しましたか」「1週間ほど前からせきが出ます」。画面の中の仮想患者に問診すると、答えが返ってくる。コンピューター断層撮影装置(CT)の画像を確認し、仮想患者の鼻の粘膜を採取して検査に出すと、新型コロナウイルスが検出された――。帝京大学医学部(東京・板橋)の金子一郎准教授の授業では、患者との接触を抑えるために病院での実習を最小限にし、代わりにシミュレーターを活用して様々な病気の症状や治療方法を学ぶ。低血糖や急性心不全など最大約200通りのシナリオが体験できるシミュレーションソフトを使用。3月に新型コロナのシナリオを加えた。症例を選び、画面の中に現れる仮想患者との対話でスタート。検査や投薬などの処置を積み重ね、最終的には気管挿管し人工呼吸器を装着する。「現場に立つ2年後に向けて知識を養いたい」と学生の星野泰清さん(22)は真剣な表情だ。授業ではヒト型の高機能シミュレーターを使った救命実習も。持ち時間の45秒で、呼吸停止から気管挿管までを行う。手元のモニター画面に映る気道付近を見ながらチューブを気管に挿入すると、肺に空気が流れ込む。治療を受ける”患者”は、器具が気管に入る角度を計測したり、歯や舌に荷重がかかりすぎていないかをチェックしたりしてモニターに随時結果を映し出す。あわせて訓練の様子を撮影した動画やテスト結果を記録する機能も持つ。新型コロナの感染拡大を受け、政府はこれまで認めていなかった初診患者への遠隔診療を特例的に解禁した。聖マリアンナ医科大学(川崎市)の山野嘉久教授は今後の普及を見据え、今年から医学生の病院実習に組み込んだ。「初めまして。きょうは診察を見学させてもらいます」。同大医学部5年生の内田博士さん(24)が神経内科を受診する女性と画面越しに会話する。20分ほどの診察中、患者の話に熱心に耳を傾け、時には談笑も。山野教授は女性があらかじめ撮影した歩行練習の動画も確認した。「先生の顔が見られて安心した。通院の手間もなくなった」と女性は笑顔を見せた。診療には医療スタートアップのMICIN(マイシン、東京・千代田)が開発したアプリ「クロン」を使用する。医師はあらかじめ患者がオンライン上で書いた問診票を見て、スマートフォンなどのビデオ通話で自宅にいる患者を診察。医師から処方箋を受け取った薬剤師が患者とリモート通話をして薬を配送することもできる。患者は診療の予約やオンラインでの診察料の決済をする。「(次世代通信規格の)5Gや電子カルテが普及すれば、ますます発展していく新しい分野。診療スタイルの1つとして学んでほしい」と山野教授は期待する。(写真映像部 小谷裕美、淡嶋健人、笹津敏暉)

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