<コロナを追え 名古屋市保健所長の回顧>(上) 感染「発病2日前」現場の知


名古屋市で新型コロナウイルス患者が初めて確認されてから四カ月。二つのクラスター(感染者集団)が浮かび上がるなど感染者が相次ぎ、市民の間に不安が広がった。感染拡大阻止に向けて市職員と取り組んできた市保健所長の浅井清文さん(61)へのインタビューを基に、この間の現場の奮闘ぶりを振り返り、第二波への心構えを伝える。(池内琢)また陰性だろう−。そんな楽観的な見込みは覆った。二月十四日の夕方、市役所本庁舎二階の感染症対策室の空気が張り詰めた。この日、米国ハワイ州から帰国した市内在住の男性の検体からコロナの陽性が判明。市内では疑わしい事例が幾つかあったが、感染例はまだなかった。当時は中国での感染に注目が集まっていた。「まさか中国以外のルートから感染者が出るなんて」。浅井は当時の驚きを振り返る。すぐに担当の区の保健センターに連絡し、関係者の感染状況を調べる疫学調査を始めた。「いつ、どこで、誰と会ったのか」。調査は専門知識のある保健師が、分単位で関係者に電話で聞き取りをしていく。手書きの小さな文字でびっしりと書き込まれた書類が、ファクスで対策室に続々と届く。職員がパソコンに打ち込み整理する。終わりのない作業で職員の帰宅は連日、日付をまたいだ。新型コロナ感染が全国的に広がっていない段階。現在は否定されている空気感染の可能性も拭い切れないなど、情報は乏しかった。市のコロナ対策の指揮を執る浅井は、疫学調査に携わる百人を超す保健師らにこう指示を出した。「とにかく、正確な情報を集めて」調査開始から数日後、浅井はある共通点に気付く。感染者が、発病日の二日前に会った人にうつし、感染を広げていたのだ。当時の国の濃厚接触者の基準は「患者が発病した日以降に接触した人」と定義していた。だが、市保健所の調査で国の基準だと経路不明になる事例があった。「やっぱりそうか」。漠然とした浅井の予感は確信に変わる。はしかなどの感染症は、潜伏期間に他人にうつすことで知られる。名古屋市立大大学院医学研究科の教授で医師でもある浅井は、新型コロナが同様に潜伏期間に感染拡大することを予想していた。「発病の二日前にさかのぼって徹底的に聞き取りを」。さらに指示を加え、市独自の基準で疫学調査で濃厚接触者を探す基準を「発病二日前まで」と改訂した。国が同様に基準を変更したのは四月二十日。名古屋は国内のコロナの疫学調査の最前線となっていた。「感染者の集団が見つかることは、感染の範囲が見え、対策が打てるということ。地道な調査で事実を積み上げた成果だ」と浅井は言う。ただ、こうも付け加えた。「でも、最初は怖かった。また増えた、また増えたって」=敬称略関連キーワード

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