家族の心、支えたい 福祉タクシー、再開の場に


「ちゃんと私たちを覚えているのか心配で、今度会うのが不安だ」病院や福祉施設へ通う人や急なけが人を運ぶ際に活躍する福祉タクシー。5月に島根県出雲市内の病院に転院するため、ワンボックスカー内の担架に横たわった高齢患者に付き添った家族が、心配そうな表情を見せた。今春から新型コロナウイルスの感染防止のため、病院や福祉施設での面会が至る所で禁止になった。会いたくても会えなかった家族にとって、移動中の福祉タクシー車内が唯一、面会ができる場所になった。人を運ぶだけでなく、ささやかな再会の場も提供する。「介護する家族は新型コロナの影響で、さらにストレスがたまったのではないか。そんな家族の心も支えたい」と、福祉タクシーの運営会社「チェリーサポート」(出雲市大津新崎町5丁目)の多々納悦子さん(67)が言った。多々納さんは元島根県立中央病院の医療事務員。高齢化社会の進展に伴う需要増を見込み2013年、救急救命士の元消防士、山本幸男代表(69)と起業した。開業当初の依頼は数件しかなかった。しかし、かつての職場に裏打ちされた信用と確かな技術で、医療関係者に評判が口コミが広がり、近年は年間2千件の依頼を受けるにまで成長。2人の救急救命士を含め、5人の従業員がいる。全員が60代だが、県外への搬送もこなしている。徐々に実績を積み重ねいていたさなかに、新型コロナの流行が到来した。予約通院の利用者減という思わぬ形で影響を受け、5月の売り上げは前年同期比で5割にも満たなかった。長年、医療の世界に身を置き、忙しく働いてきた。5月に入って初めてまとまった時間ができた。多々納さんは、慣れない家庭菜園を始めてみた。水やりを欠かさず真面目に取り組んだが、1カ月後に収穫したキュウリは2個がくっついたり、とぐろを巻いたりと変な形になった。「従業員に見せたら、みんなが笑顔になった」と、コロナ禍で少し暗かった社内の雰囲気を明るくすることには成功した。緊急事態宣言の解除で予約は再び増え始め、つかの間の”休息”は終わりを告げた。社員の特性を生かし、「災害時に寝たきりや車椅子に乗った人を何とか助ける」という確固たる目標がある。「自分の親には十分な介護ができなかった」という思いが、今の多々納さんを支えている。その分、利用者や家族に元気を取り戻してほしい。家庭菜園は雑草が伸びてきたが、今は同僚と懸命に車を走らせる。

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