院内感染発生した「救命救急1位」神戸の病院 対策を公開し教訓に


全国的に新型コロナウイルスの感染者が再び急増する中、4、5月に院内感染が起きた神戸市立医療センター中央市民病院(神戸市中央区)が、7月中にも検証報告書を公表する予定だ。「全国救命救急センター評価」で6年連続1位に選ばれるなど、地域医療の“最後のとりで”で何が起きていたのか。富井啓介副院長に聞いた。--新型コロナにどう備えていたか。◆中央市民病院は2009年、国内初の新型インフルエンザ患者を受け入れた。私は当時、呼吸器内科部長。初めは多数の患者が外来に押し寄せて混乱したが、最終的にはどの病院でも診察を受け入れるようになった。19年秋に新たな新型インフルエンザに備え、患者の急増にどう備えるか事業継続計画(BCP)を策定した。今回、この計画をあてはめようとしたが想定と違った。--09年と違っていたのは。◆重症化のスピードが全く異なる。軽症の人も1日のうちに人工呼吸器が必要になることがあった。一方で当初はPCR検査(遺伝子検査)で陰性が2回出ないと退院できず、入院が長期化した。ほとんど症状がなく元気な人でベッドが埋まっていった。--感染者を受け入れるため、1月末に12床を確保。市内初の患者が確認された翌週の3月11日には51床、次の週には59床へと増やした。◆軽・中等症の患者向けには当初、空気を外に漏れ出さないようにする陰圧室や、防護具を着脱する「前室」を備えた感染症病床の10床を準備した。同じ病棟の残り35床も気圧を調整する機能がある。その後に市内で発生したクラスター(感染者集団)に対応するため一般患者に別の病棟や病院に移ってもらい、順次、感染者用に切り替えた。重症者向けにはICU(集中治療室)のエリアを準備した。初めはCCU(冠疾患用の治療室)を陰圧状態にできるように工事して個室で管理していたが、3月31日から全体をレッド(汚染)ゾーンとした。--4月9日、感染症病床のある病棟にいた70代女性患者の感染が分かった。◆病棟全体をレッドゾーンにしようと作業を進めていた時で、警戒はしていたが「まさか突破されるとは」という思いだった。既に複数の患者が別の病棟に移動していたので、移動先の病棟も含めて医療者や患者の濃厚接触者を洗い出して検査し、11日までに合わせて14人の感染が分かった。陰性であっても念のために2週間は医療者らを自宅待機とした。--5月までに計36人の感染が確認された。何が原因だったか。◆特定できないが、検証でいくつか可能性を推定している。一つは防護具の問題。コロナは飛沫(ひまつ)感染なので、当初は新型インフルエンザと同様、サージカルマスクの着用と手洗いの徹底という基本的な防護策が有効だと考えていた。患者の呼気から漂うエアロゾル(直径5マイクロメートル以下)や、無症状の人から感染しうると後から分かった。今は患者もマスクを着けているが、当初はしていなかった。突然せき込むこともあるが、「N95」(高性能医療用マスク)は先の供給が見えなかったため、気管切開や患者のせき症状が強い場合など飛沫が飛び散ることが想定される時だけ使い、通常時はサージカルマスクのみ。両方とも原則として1日1枚しか使えず、汚染しやすい状況だった。--陽性患者と一般の患者が同じ病棟にいたことがリスクを高めた可能性は。◆個室の管理では、出入りのたびに防護具を脱ぎ着する手間がかかる。病床が埋まり、前室がない個室を使わざるを得ないこともあった。看護師はコロナ患者のケアを担当する日は原則として一般の患者に接しないが、次の勤務では一般患者を対応するなど、両方の患者を看護していた。ナースステーションや休憩室は同じ。陽性患者に対応した職員が感染して無症状だった場合、別の職員や一般の患者へとウイルスを広げるリスクはゼロではなかった。早く病棟全体をレッドゾーンにする必要性は感じていたが、病床稼働率は9割を超えていた。3次救急ではコロナ以外の患者をできるだけ他の病院で診てもらえるよう協議していたが、ここでしか処置できない患者も入ってきていて、ベッドがなかなか空かなかった。--一般に防護具の着脱の難しさも指摘されている。◆研修を重ねていたが、検証では緊急時の対応が課題として挙がった。何人も症状が急変し、手薄な夜間に慌てて病棟を移動させて処置せざるを得ないこともあった。突発的な対応の時に完全に防護できていなかった可能性がある。振り返れば、急変を想定した手厚い人員と診療体制が必要だった。--自宅待機者が延べ349人に上り、新規の外来や入院の受け入れを停止した。3次救急も重症のコロナ患者のみに制限し、手術も止めた。◆救急を止めざるを得なくなったのは、重症患者のケアに人手がかかったこともある。通常のICUでは看護師1人あたり患者2人を担当するが、重症コロナ患者は1対1か、それ以上が必要。人工透析など基礎疾患の管理もある。初めは救命救急センターのスタッフで対応していたが、手術の麻酔医まで応援に来てもらった。通常の救急医療を制限せずにコロナ患者を受け入れるのは難しい。--院内感染が分かってからの対策は。◆病棟を陽性患者、感染疑いのある人、疑いのない人の三つに分けている。ケアする医療スタッフも分離し、動線が交わらないようスタッフステーションや更衣室も別にしている。患者への処置をする医師は各診療科から選抜して合同チームをつくり、コロナ患者だけを1週間診た後、一般患者の診療に戻る前に、2週間の自宅待機で健康観察している。――看護師の夫が勤務先から「会社を辞めるか、奥さんが辞めるか」と迫られるなど、医療スタッフへの中傷が相次いだ。◆ストレス調査を実施したら、1111件の回答のうち17%が「高ストレス」状態だった。新規の外来や入院がストップし、先進的な医療に取り組もうと集まっていた医師や研修医らの流出も心配していた。現在はほぼ元の診療体制に戻り安心している。--病院の駐車場に36床のコロナ専用病棟を建設し、秋に稼働予定だ。◆中央市民病院の救命救急センターが全国的に高い評価を受けてきたのは、「誰も断らない」方針だった。本来の使命を果たしつつコロナ患者を受け入れるには、動線を全く別にする専用病棟がいると判断した。運用する人員を確保するには、地域の病院全体のサポートが必要だ。-―検証報告書を作成する一方、ゾーニング(エリア分け)を徹底する病棟内の動画なども公開している。◆感染症指定医療機関が院内感染の原因や課題を分析したケースはまだ少ない。積極的に対策も情報公開し、他の病院の教訓になればと思っている。

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