パンデミック100年前の教訓 「スペイン風邪」公文書発見 千葉・睦沢町


世界で猛威をふるった「スペイン風邪」に対処した千葉県の長生郡東(ひがし)村(現在の長南町と睦沢町の一部)の100年前の公文書3点が睦沢町で見つかり、同町立歴史民俗資料館で公開されている。同館は「現在の感染症対策に何か役立つかもしれない」と新型コロナウイルスの感染収束まで展示することを決めた。3点の史料からは、房総半島の小さな村役場がパンデミック(世界的大流行)対策に奮闘したことがわかる。3点は、いずれも大正9(1920)年のガリ版刷り。1点目は同年1月21日付の、尋常高等小学校で衛生講話を開催するため、生徒はもちろん各家庭から1人の参加を求めた村長発の文書。2点目は同2月7日付の役場が各区長にあてた「流行性感冒予防ニ関スル件」と題された文書。各地区の予防注射の希望者数を報告するよう求めたもので、1人分のワクチン代は7銭と記されていた。3点目は、同2月16日付で村役場が各区長に宛てた文書「ワクチン注射ニ関スル件」。東京市芝区の北里研究所にワクチンを注文したが、製造が間に合わず、予防接種は少し遅れるとの内容。ワクチン接種の効果は注射後2週間かかるほか、ワクチン代が30銭くらいになると記されている。大正9年の1~2月は、日本での流行の「第2波」の時期だった。資料館にあった東村の隣の土睦村(現在の睦沢町の一部)の尋常高等小学校の学校日誌から、2月に約220人の欠席者がいたことが分かった。欠席の理由は書いていなかったが、長生郡内で流行していたと推測される。学芸員の久野一郎さん(63)によると、旧睦沢村史や長南町史、県史にスペイン風邪の記述は見つからなかった。「3点の史料は100年前の村の努力の一端を見ることができる貴重なものだ。現代の私たちに新型コロナでも最善を尽くそうと物語っているようだ」。また、見つかった史料が「第2波」の時期だったことから、久野さんは「2波、3波あり、油断してはならないという先祖からのメッセージであり、パンデミックへの心構えを教えてくれているのかもしれない」と話している。3点の公文書は、睦沢町内の旧家から先月24日に寄贈された432点の文書の中から見つかり、同30日から公開されている。開館時間は午前9時~午後4時半。月曜休館。入館無料。問い合わせは0475・44・0290◇スペイン風邪1918(大正7)年から1920(同9)年にかけ、全世界で大流行したインフルエンザの俗称。第1次世界大戦中の1918年3月に欧米で始まった。世界での患者数は約6億人で、2千万から4千万人が死亡したとされる。日本では、約2380万人が発病し、約38万人が死亡したという。日本では、最初の流行(大正7年8月~8年7月)のピークが7年11月、2回目の流行(同8年9月~9年7月)のピークが9年1月末とされる。

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